彷徨する旅のアーカイブ

旅先や日常で出会った「非日常」の記録

④キリシタンを巡る旅2023・鹿児島【番外編】

舞台は鹿児島から福岡へと移ります。2023年の5月、鹿児島県内のザビエルゆかりの地を巡ってから早いもので約6ヶ月。鹿児島カテドラル・ザビエル記念聖堂の展示で、2代目の教会が福岡県宗像市に移設されていると知り、先日ついに訪問してきました・・・!

CONTENTS

JR赤間駅

福岡市内から公共の交通機関を使って教会のある場所に行くには、JRからバスに乗り換えなければなりません。まずは最寄駅の赤間駅で下車。改札を出ると美味しそうなうどん屋さんの暖簾が目に入りました。

「かしわめし東筑軒」。うどんやさんかと思ったら、元々大正時代の駅弁から始まった弁当屋さんのようです。暖簾に書かれているように折尾名物の「かしわめし」が有名で、その駅弁はわたしも聞いたことありました!

教会に行った帰りに時間があったらここで食べよう。そう心に決めてバス停に向かおうとしたら、東筑軒の真向かいの壁面に今から行こうとしている教会についての展示があるではありませんか・・・!!

教会が建設されてから解体、移築、現在にいたるまでの流れが紹介されていています

ザビエル渡航400年を記念して、終戦のわずか4年後の1949(昭和24)年に建てられた2代目の木造教会。献堂式(新しく教会を建てた時に行う儀式)には「ザビエルの聖腕」と共に欧米から100人を越える巡礼団が参列したそうです。

鹿児島大空襲で壁面のみ残された石造り初代教会と、2代目の木造教会が一緒に並んで建っている興味深い写真もありました。

赤間駅の展示より

2代目は現在のコンクリートの聖堂に建て替えられるにあたり、1998(平成10)年に解体。福岡県宗像市の「福岡黙想の家」の敷地内に移築されることになり、2013(平成25)年に竣工します。その後、所有者である御受難修道会・宗像修道院は撤退。2022(令和4)年からはNPO法人宗像の歴史と文化を守る会が引き継ぎ、今後は宗教施設ではなく市民のための「ザビエル記念ホール」として運用されていくようです。

教会の歴史を学んだところで、早速バスに乗ってザビエル記念ホールへと向かいましょう。

JR赤間駅

2代目・ザビエル教会(ザビエル記念ホール)

最寄りのバス停で下車し1、2分ほど歩くと、葉の落ちた枝の隙間から赤い屋根と十字架のついた尖塔が顔を出しました。

御受難修道会が撤退した現在でも、看板はそのまま残されています。というか、実は宗教施設ではなくなっているということを訪れて初めて知りました・・・。

そのまま残された看板

こんな施設があったんだね

中に足を踏み入れると、ルルドの泉等の宗教施設と思われる道には、どうやら立ち入りできなそうな雰囲気・・・。滞在中にトラックが入っていったり、作業をしている音が遠くから聞こえてきたので、何かしら整備を進めているところなのでしょうか?

外観

そーんなわけで、教会に一点集中!!!まずは外観から見学スタートです。

季節はずれのたんぽぽが咲いていた

こちらの教会は、正面のお顔がとても美しいと感じました。

尖塔と窓、柱の装飾が美しく、花のような模様もかわいらしい

内部

玄関正面の上部に取り付けられた十字架には、モザイクの細かい装飾がほどこされていてとても気になりました。

いつどこで作られた十字架なのだろう?もっと近くで見たい

早速聖堂内に入ってみます。

尖塔アーチの天井

柱や梁の装飾も印象的。蝋燭立ての上部には十字架のマークも

艶やかな飴色の木造の椅子も鹿児島時代のものなのでしょうか

向かって左の奥には大きなザビエルの絵、右奥には小さなマリア像が置かれていました。

背後に浮かぶのは噴火した桜島?手には十字架と世界地図を持ち、情熱的な眼差しで遠くを見つめています

マリア像

そして正面の祭壇上部にもザビエルさんのお姿が。

ザビエルさん

正面の絵には見覚えがありますね。前回のブログで登場した絵と同じ構図です。横長の大きな2枚の絵は、天井のアーチにカパッとハマるように展示されていたんだろうなぁ。今更だけど、移築ってすごよな。建築ってすごいな。鹿児島にあった建物が福岡に建ってるんだもんな・・・などと、唐突に実感。

2代目教会の正面上部に飾られていた絵と、おそらく右側に飾られていたであろうマリア様の絵(鹿児島市内のザビエル教会の展示にて)

同じく左側に飾られていたであろうザビエルの絵(鹿児島市内のザビエル教会の展示にて)

後ろを振り返ると、美しい窓から柔らかな光が聖堂内を優しく照らしています。

美しい光

花の形にくり抜かれた曇りガラスを覗き込むと、門の周辺に刻まれた美しい模様が目の前に現れました。

石造りの初代教会を彷彿とさせます

残念ながら、2階には登ることができませんでした。

上から眺めてみたかったなぁ

十字架の道行き

こちらの教会の壁面にも、もちろん十字架の道行きがずらっと飾られています

これらの絵が額縁含めてとっっっても素敵だった!当時こちらの教会で使われていたものなのでしょうか。現在の鹿児島の教会に飾られているのは新しい絵と額縁でしたが、やはり時代を感じさせるものに心惹かれてしまいます。

磔のキリスト

聖堂内を出ると、入った時には目を向けていなかった玄関隣の空間に気付きました。奥へと足を踏み入れると磔のキリスト像とマリア様のお姿が・・・。

移築に関する展示もありました

生々しすぎて、痛い・・・痛いよ

机の上に置かれていた木彫りの熊にほっこり・・・癒されます。

さて、教会を出ようとすると・・・

教会に似つかわしくないこの靴べらは一体・・・!(ほしい)

最後まで楽しませてくれる教会でした。

折尾名物かしわ飯

おたのしみにしていたJR赤間駅内の東筑軒のおうどん。時間がなくて、食べることができず・・・。

立ち食いしたかった・・・

悔しいので博多駅でも購入できる駅弁を買ってやったぞ・・・!!!

自宅で美味しくいただきました

最後に

鹿児島の伊集院から始まった鹿児島のキリシタンを巡る旅は、キリスト教を初めて日本に伝えたザビエルの痕跡を巡る旅でもありました。昔から教科書などで触れていて当たり前すぎたザビエルの存在を、初めて生身の人間として認識したような気がします。

12月3日の今日はザビエルの命日。この日にキリシタンに関するブログを書き終えることができて本当によかったです。鹿児島編はこれで一旦終わりですが、キリシタンを巡る旅はまだまだ続きます。さて、来年はどこに行こうかな?

【参考文献・サイト】

鹿児島カトリック・ザビエル教会旧聖堂 - 建築ノスタルジア

ザビエル教会・聖堂について | 鹿児島カテドラル・ザビエル教会

【使用カメラ】digital:SONY α7III lens:NOKTON classic 35mm F1.4、SIGMA 24mm F1.4 、iPhone SE2

③キリシタンを巡る旅2023・ 鹿児島【ザビエル教会編】

鹿児島市内にはザビエル上陸450年を記念して1999年に新築された鹿児島カテドラル・ザビエル記念聖堂があります。実はこの教会は3代目。この度、初代から3代目までの教会をすべて巡ってきました・・・!!

CONTENST

初代・ザビエル滞鹿記念碑(ザビエル公園)

まず最初に訪れたのが、ザビエル滞鹿記念碑のあるザビエル公園です。

こちらの記念碑が初代ザビエル教会・・・の一部。1908(明治41)年に、ラゲ神父によって石造りの聖堂が作られました。そう、福昌寺に散在していた浦上のキリシタンたちのお墓を1箇所に集めて記念墓碑を造ったあのラゲ神父です。

ザビエル教会の展示より

うぅ、めちゃくちゃ素敵な教会だったのですね・・・。初代ザビエル教会は1945(昭和20)年の鹿児島大空襲によって外壁の一部を残し消失。その残された外壁を組み合わせて1961(昭和36)年にザビエル滞鹿記念碑は造られました。当時の写真を見ると、聖堂の上の部分と下の門の部分を組み合わせて作られたことがわかります。

真ん中奥にいらっしゃるのはザビエルさんの胸像

ところで、よーーーく見てください。ザビエルさんの名前・・・。

ザビエ・・・!??

現地ではまったく気づかなかったけど「ザビエル」が「ザビエ」になってる!「ル」は?「ル」はいったいいずこ・・・!??これは聖堂を作ったラゲ神父が間違った・・・わけではもちろんなく、どうやらザビエルのフランス語読みに関係しているようです。

詳しくは以下ブログをお読みください(めちゃくちゃ詳しく調べてらっしゃる・・・。コメント欄もぜひ読んでみて)。

コマった記録:ザビエル滞麑記念碑の謎

細部もとても美しい

記念碑の隣には、ザビエルとザビエルを鹿児島に案内したアンジロー(ヤジロウ)と、ヨーロッパの土を踏んだ最初の日本人であるベルナルド(洗礼名)の石像もありました。

ザビエル公園に残る初代ザビエル教会。出来ることなら完全な姿で出会いたかったけれど、当時の教会の面影を少しでも感じることができてよかったです。

3代目・鹿児島カテドラル・ザビエル記念聖堂

戦後に建てられた2代目の話はもう少し後にすることにして、お次は3代目をご案内。ザビエル公園前の道路を挟んだ真向かいに現在の鹿児島カテドラル・ザビエル記念聖堂が建っています。一見教会とわかからない外観をしていますが、教会前にはザビエルさんの像と、天にそそり立つ鐘楼の頂点には十字架が掲げられています。

ザビエルさん

鐘楼

ザビエルと蟹

その鐘は「ザビエルの鐘」といわれ、鐘の背面には十字架を掲げるカニの姿が刻まれているそうです(み、見たい・・・)。なぜ蟹なのかというと、ザビエルには蟹にまつわる逸話がいくつか残されていて、海に落とした十字架を届けてくれたとか、船に開いた穴を甲羅で塞いで助けてくれたとか(蟹は絶命)。その逸話の残る地域では、現在でもザビエル蟹と呼ばれる蟹が水揚げされていて、その甲羅には十字架の模様が浮き出ているそうです。

フランシスコ・ザビエル肖像

最近ザビエルの肖像画を改めて見る機会があったのですが、その蟹の逸話を知った今では手の形がもう蟹にしか見・え・な・い・・・・・(実際は祈りのポーズらしいです)。

黎明館のレプリカ展示より(神戸市立博物館蔵)

教科書などで昔から見慣れていたザビエルの肖像画。今まで漠然と見ていたけれど、改めてまじまじと見てみると下部には漢字のような文字も書かれています。西洋人が描いたものと思い込んでいたけれど、西洋の技法を学んだ日本人絵師によって江戸時代初期の日本で描かれたと思われるとのことでした。狩野派を示す落款の壷印とペトロを示す「漁夫」の署名から狩野派の絵師ペトロ狩野(狩野源助)とする説がありますが確証はないそうです。

この肖像画が見つかったのも比較的最近のことで、禁教が解かれた後も隠され、キリシタン大名の高山右近の旧領であった現在の大阪府茨木市千提寺(地域名)の民家で大正時代に発見されたものらしい。梁にくくりつけられていた「開けずの櫃」と呼ばれる箱に、ザビエルの肖像画をはじめとするキリシタン遺物が入っていて、その民家では他人にその存在を明かすことのみならず、箱を開けることすらもタブーとされていたとか・・・(ドキドキが止まらない)。

こんな裏話があっただなんてまったく知らなかったよ!現在は神戸市立博物館が所蔵。保存の観点から通常はレプリカを展示しており、年に一回実物の展示が行われているそうです。厳しいキリシタン弾圧をかい潜って生き抜いてきたザビエルの肖像画の実物をいつか見てみたい・・・!!大阪にも高山右近の痕跡をたどりにゆきたいな・・・。

は!ちょっと脱線してしまいました。

2F

話は戻りまして、まず主聖堂のある2階へと足を運んでみることにしましょう。

赤と青の空間・・・!!!

う、美しいーーーーー!!!

自然と精神世界に潜っていけるような神秘的な空間が広がっていました。

途中日本人の団体ツアー客が入ってきたので、後でまたゆっくり見学しようと1階を見学してから再び2階に戻ると今度は3人組の女性が入ってきました。どうやら信者の方で「知りたいことはなんでも聞いて!」と言ってもらえて、色々とお話を伺うことができました。

天井の切妻屋根の形状はザビエルが渡航してきた船をイメージして作られているそうです。

天井

12角形の柱は12使徒を表しているとのこと。言われなかったらまったく気づかなかったよ・・・!

十二使徒の一人であるヨハネ(lohannes)の名が

また、印象的な赤と青のステンドグラスは、殉教者の血とザビエルの情熱(赤)と、祈り・静寂・海(青)を表しているそうです。

なるほどなぁと思うことばかり。他にも色々な意味が隠されていそうで気になります。

ザビエルの聖遺物

そして、このザビエル教会には、特別なものが安置されています・・・。

美しい細工が施されたこちらは一体・・・?

なんと、こちらにはザビエルさんの聖遺物・・・つまり、骨の一部が収められています。

一番真ん中の・・・なのかな?美しく装飾されています

カトリックでは、キリストや聖人の遺骸や遺品は聖遺物と呼ばれ、信仰の対象になっていて、キリシタン弾圧によって日本で殉教したキリシタンたちの遺体にも信者たちが群がったといいます。

日本二十六聖人の聖遺物についての記事はこちら▼▼▼

長崎カメラさんぽ2023②【日本二十六聖人編】 - 彷徨する旅のアーカイブ

ザビエルは日本の布教後、中国への布教を目指すも、志なかばで広東省の上川島で病死。一旦は上川島で埋葬されるのですが、マラッカを経てインドのゴアへ運搬することになります。墓を掘り起こしてみると、なんと高温多湿という条件の悪い条件にも関わらずミイラ化していたというのです・・・!!(聖人伝説ではよくあることらしいぞ)現在、ザビエルの遺体はゴアの教会でミイラ化した状態のまま聖遺物として保管されています。

台座の天使かわいい・・・(ザビエル教会1F展示より)

そしてこちらはザビエル教会に実物がきたことがあるというザビエルの右腕。

収められている箱が美しくてかわいいね(ザビエル教会1F展示より)

日本には他にもいくつかザビエルの聖遺物を保管している場所があるようで、以下ブログにわかりやすくまとめられていましたので興味のある方はご覧くださいませ。

十字架の道行(みちゆき)

色々とお話しを伺っていると、このようなお誘いを受けました。

「これから十字架の道行をやるので一緒にやりませんか?」

十字架の道行・・・???生まれて初めて聞く言葉。わたしのために短縮してやってくれるようで、ぜひにと参加させてもらうことにしました。

では、「十字架の道行」についてWikipediaから抜粋させていただきますね!

カトリック教会で行われる儀式で、中世末期から行われてきた。キリストに倣う一形態ともいえる。イエス・キリストの受難の捕縛から受難を経て復活まで15の場面を、個々の場所や出来事を心に留めて祈りを奉げる。聖地巡礼ではそれぞれの場所で祈祷を行う。これを模すためにカトリック教会の聖堂では壁に捕縛から埋葬まで14場面の聖画像が掲げてある。最後の15番目の場面の復活は祭壇側に向かって祈る。

十字架の道行き - Wikipedia

聖堂内の壁面には小さな額の絵がぐるっと一面に飾られています。これらの絵はイエス・キリストが捕縛され、十字架に架けられ殉教するまでの様子が描かれていたのですね。

日本画家がこの聖堂のために描いて寄贈されたオリジナル作品とのこと

思い起こせば、今まで訪れた教会にもありました・・・!!!

津和野カトリック教会、島根県津和野町(2019年訪問)

カトリック弘前教会、青森県弘前市(2022年訪問)

どちらも大好きな教会。これらは十字架の道行の儀式をするためのものだったのか〜。まったく知りませんでした。津和野旅についてはまとめたいと思ってはいるのですがまだ書けていませんね。いつか、かならず・・・。

まず十字の切り方を教わり(あのよくみるやつ!教えてもらえて嬉しかった。もう忘れちゃったけどな!!)、絵の前で一緒に十字をきって、祈りの言葉を唱えます。

磔のキリスト
祈りの言葉

それぞれの絵の前で「今はこういう気持ちで祈っていた」などと説明してもらいながら、最後に正面の祭壇前で祈って十字架の道行(短縮バージョン)を終えました。

貴重な体験ができてとても嬉しかったです・・・!

1F

展示室

2Fの聖堂から1Fの展示室へと移動します。ザビエルやザビエル教会に関する資料等が展示されていて、ここでも色々と説明していただけました。感謝しかありません・・・。

先ほど紹介した空襲で外壁のみを残し失われた初代教会の破壊される前の写真だけでなく、なんと比較的最近見つかったという貴重な内部写真も展示されていました。

ザビエル教会の展示より

す、すすす素敵すぎるーーーーー!!!

結婚式の写真ですよ・・・。着物好き&和洋折衷大好物の自分にとったら何度でもごはんが食べれるくらい美味な写真・・・。和装にベールがたまりませんね・・・。

残念なことに説明の書かれたキャプションをちゃんと撮り忘れたので正確なことはわからないのですが(ばかばかばか)、1945年の空襲で初代教会は外壁を残して失われてしまうので、それ以前の写真ということですね(大正〜昭和初期くらいかなぁ)。子供の制服みたいな格好もかわゆい!!!

床に目を向けると、わたしの大好きな昔の畳のある教会。神父さまから祝福を受けるために真ん中に一列に並ぶから、両側が畳で真ん中が床であるということを教えてもらいました。そうか、そういう理由だったのか・・・。今までそこまで深く考えたことなかったなぁ。何事も理由があるのだよね。教えられる前に気づける自分になりたいものです。

他にも、ラゲ神父の翻訳した聖書等も展示されていました。

貴重な資料の展示
踏絵

そして一番驚いたのが・・・踏絵!!!

ほ、ホンモノ・・・!!?

本物なのよね・・・!??島津家の倉庫に保管されていたものとのこと。レプリカではみたことあったのですが、実物を見るのはたぶん初めて・・・???

解説

実際に使用されたものなのかはわかりませんが、貴重なものを見ることができてよかったです。 

2代目・ザビエル教会

2代目のザビエル教会の写真と、模型も展示されていました。

模型

な、なんですって・・・!??

え?

なんと、2代目のザビエル教会がわたしの住む福岡県に移築されているというではありませんか・・・!!!びっくりしてしまいました・・・。これは見にゆかねばなりませぬ。

模型だけではなく、2代目教会の祭壇中央と左右に掲げられていたという絵の実物も展示されていました。

ザビエルとマリアさまの絵かな

小規模ながら自分の中ではとても見応えのある展示でした。また帰省した際に訪れたいです。

小聖堂

1階には小聖堂も備え付けられています。牧歌的で素朴な印象でとても落ち着く小さな空間でした。

鳩かわゆい

2023年5月はこのような状況でした

聖櫃(せいひつ)扉にはご聖体が保管されていて、入ってる時は赤ランプがついているそうです(大聖堂にもあったような・・・毎度おなじみ残念な記憶力・・・)。

聖櫃扉。イエスが5つのパンと2匹の魚で5千人以上の人々を養った話から伝統的に聖体の秘跡のシンボルとされているそうです

ご聖体が何なのかは信者じゃないと教えてもらえないとのこと。またもやWikipediaから拝借しますが、「ミサや聖体礼儀で拝領、礼拝するために聖別されたパンを指す。イエス・キリストの体の実体として信じられている」そうです(映画の1シーンとかで見知っているような)。

ミサはキリストの「最後の晩餐」の再現。

『最後の晩餐』レオナルド・ダ・ヴィンチ作(Wikipediaより)

信者じゃなくてもミサに参加可能で、ご聖体をいただけるのは信者だけだけど、頭を垂れると司祭が祝福してくれるとのことでした。ちょっと体験してみたいな・・・。

小聖堂内には小さな四角いスペースがあって、何かと思ったら告解室でした。

告解室。罪を告白する格子のついた小さな窓があります

個別の「ゆるしの秘跡」の方法が書かれていました

告白すべき罪はたくさんありますが、胸の中に秘めてそっと立ち去ることとします・・・。親切に案内してくださった信者の方々ありがとうございました!!!

最後に

信者のひとりがおっしゃっていた「死を恐れない。復活するから」という言葉が印象的でした。実際にキリスト教徒の方から話を伺うことで、禁教化の日本で厳しい弾圧を受けながら殉教していったキリシタンの気持ちがほんの少しだけ理解できたような気がします。

そしてまさか自分が「十字架の道行」という儀式を体験することになるなんて思ってもみませんでした。グイグイイケイケの女性と、冷静な女性、控えめで可愛らしい女性・・・と、個性のまったく違う3人組でとても面白かったなぁ(漫画に描けそうな感じ)。神のお導きっていうのはこういうことを言うのかもしれませんね。偶然の出会いに感謝です。

キリシタン弾圧の歴史にどっぷりの中でのこの出会いだったので「え?もしかしてわたしキリスト教徒になっちゃうの・・・??」と、ぶるぶる震えちゃいましたが、わたしはなりませんなれません(精神世界については知りたいけど)。これからも欲にまみれたまま突き進んでいきたいと思います・・・!!!

さて、これで最終回と思いきやお次は番外編。福岡に移設されたという2代目のザビエル教会へと行ってきます!もう少しお付き合いくださいませ・・・。

ザビエルの旅路の様子が描かれた鹿児島中央駅近くのアーケード商店街

【参考文献・サイト】

『概説 キリシタン史』浅見雅一(慶応義塾大学出版会)

ザビエル教会・聖堂について | 鹿児島カテドラル・ザビエル教会

フランシスコ・ザビエル肖像 - Wikipedia

聖フランシスコ・ザビエル像 - 神戸市立博物館

茨木・千提寺 隠れキリシタンと「ザビエル像」の発見 | 落人の夜話

フランシスコ・ザビエルの右腕

あの歴史上の人物とカニの意外な関係 | 北国からの贈り物 蟹ブログ

【使用カメラ】digital:FUJIFILM X-T3、SIGMA dp3 quattro、iPhone SE2

④キリシタンを巡る旅2023・ 鹿児島【番外編】へとつづく▼▼▼

温泉地で異彩を放つ宇宙基地「なのはな館」

すっかり初夏の陽気の2023年のある日、鹿児島の実家に帰省することに。そのついでにずっと行きたいと願っていた場所がありました。

CONTENTS

摩訶不思議建築

わたしは伝統を感じさせる日本の木造建築が大好きなのですが、それとはまったく逆をいくような不思議建築も大好物!(なんてカテゴライズされているのかちっともわからない)これまでのブログでもいつくか紹介してきましたね。

■海のピラミッド(熊本県宇城市)

■玉名展望館(熊本県玉名市)

■内住コミュニティセンター(福岡県飯塚市)

未来を夢みて作ったような雰囲気。レトロフューチャーというのかな?無機質な素材なのにどこか有機的で生命を感じさせるフォルム。建築家の主張が強すぎる個性まるだしの建物。使い勝手はとても悪そう・・・。

建築に限らず人でもなんでもそんな強烈な個性を放つ唯一無二のものに惹かれてしまうのは、これはもうわたしの性癖と言ってもいいかもしれません。

さて、そんな建築を求めて今回訪れたのは、温泉地として有名な鹿児島県指宿市。先述した玉名展望館と同じ建築家髙﨑正治さんの手による「なのはな館」です。

指宿へ

鹿児島中央駅から在来線に乗り換えて、車窓から海を眺めながらのんびり指宿へと向かいます。

とても美しい青

どうやら指宿駅からバスが出ているようですが、わたしは無駄に歩きたい人間なので、指宿駅のひとつ前の駅の二月田駅で下車。ここから歩いて向かうことにします。

見上げると青空にいくつものひこうき雲が・・・。

濃く深い青に白いラインが清々しい

そしてその先に・・・

目を凝らすと・・・

な、なんだあれは・・・!!!

まるで宇宙基地?もしくは中世ヨーロッパの甲冑のような??

摩訶不思議建物が初夏の熱い日差しを受けて、ギラギラとメタリックな輝きを放っていました。目の前に突如現れた異様な光景ににテンションが上がります。

いますぐ飛んでいきたいけれど、どうやらまだ先は長そうだ・・・。

鯉のぼりがのぼる季節でした

もちろん途中で腹ごしらえも忘れずに・・・

「りとるcafe」さんのオレオチーズ美味しかった!

胃袋を満たし、いざ「なのはな館」へ!!!

ふれあいプラザなのはな館

ワクワクしながら広大な敷地内へと足を踏み入れます。

か、かっこいいーーーーーー!!!

「なのはな館」は1998年竣工の複合施設。すでに25年もの年月が経過しており、当初は教育・文化施設、健康増進施設(なんかすごいネーミングだな)、宿泊施設、体育施設、野外劇場、ランドスケープなどがあったようですが、そのいくつかはすでに閉鎖され、現在使用できるのは一部のようです。うーん、こんな立派な施設なのに・・・悲しい現実。

トイレ案内の看板に全体像がありました。今では地面は芝生で青々としています

いよいよ探検スタートです!

と!げ!と!げ!!!

さっそくモンスターっぽいトゲトゲ建築が現れました。この四阿のような建物は、長い回廊とつながっています。

繰り返される曲線の美

回廊の途中では、可愛らしいブラシノキが赤い花を咲かせていました。

ほんとにブラシみたい

光がとても綺麗でうっとり・・・。

光と影

そして回廊の途中で再び現れる不思議空間!!!

何かと交信できそうだ

回廊を行き止まりまで進むと、今では使えなくなったトイレがありました。

トイレの天井を見上げると幾何学的な模様と幻想的な青い光

引き返して体育館と多目的広場の建物が並ぶ場所へ向かいます。

左が多目的広場、右が体育館

多目的広場の中を覗くと・・・

恐竜の背骨のようだ

一直線に同じ方向へとぞろぞろ歩くお爺さまたちの姿が見えました。おそらくゲートボールをしにきたと思われます。

未来的な建物とゲートボールのスティックを手にしたお爺さんとのミスマッチ感がたまらない

まるでロケットのような建物の方へと吸い込まれていく姿をぼんやり眺めていると、突然頭の中に映画「アルマゲドン」のエアロ・スミスのBGMが流れてきました。

『アルマゲドン』⁡テーマ曲 - YouTube

戦いに挑みにいく凛々しき後ろ姿

わたしたちを助けるために宇宙船へと乗り込むブルース・ウィリスの姿と完全に重なります・・・!!!そんな妄想が頭の中を駆け巡り可笑しくて思わずニヤニヤ・・・。どんどん楽しくなってきました。

一番の目玉ともいえるロケットはメインディッシュにとっておくとして、横の体育館へと目を向けます。

うねうね波打つ造形がおもしろい!子供たちが使用していたので中の撮影は遠慮しました

絵になる空間が多すぎる・・・。ちっとも前に進めません。

濃い影

そして施設内の目玉のひとつともいえる空間が現れました。

迫力満点!なのに・・・

カメラに全然入りきらなくて、この迫力がちっとも伝わりません・・・(超広角レンズじゃないと無理!)。
天井に無数に開いた穴からこぼれる自然のスポットライトが、地面に水玉模様を描いていました。

まるで星空

健康増進施設

横に視線を向けると「健康増進施設」の文字が目に入りました。気になりすぎる・・・。

つまりは「浴場・プール」のようです

壁沿いを進むと裏へと周れそうな隙間があります。もちろん・・・行くっきゃないよね!!

隙間があれば進んでしまう。そう、それがわたしの習性

道を抜けると、まるで忘れ去られた古代の神殿、もしくは滅びた近未来の文明(変な言葉だけどニュアンスを感じ取ってほしい)・・・といったような雰囲気の空間が広がっており、わたしの琴線にビシバシ触れてきます・・・。

ここにもブラシの木が

なんだろう・・・?と思って近づくと

ゆらゆらと人の幻影

中を覗くと・・・キュン!!!

ここに寝転びたい

使われなくなって相当の年月が経っていると思われます。鼻血が出そうなくらい魅力的な建物なのに、実際にこの地に住んでる人たちにはあまり伝わっていないのかもしれませんね・・・。このまま朽ち果ててしまうのかと思うと残念でなりません。

本館内部へと潜入

忘れ去られた施設を後にして、本館内部へと潜入捜査(開いているから自由に入れる)。入口はいくつかありそうだけど、わたしは階段を登った先の扉から入りました。

古代の日時計?オベリスクーーーー!??
って感じで何気にこの柱にもときめいた

内部もとってもおもしろい!リズミカルに浮き出したフォントも可愛いです。

まんまる窓からの風景

和風っぽい扉もありました。

中もみてみたい

先ほどゲートボールのお爺さまたちが向かっていたロケットのような建物は中央ホール。中には入れませんでしたが扉から覗くことができました。

入ってみたいよ〜

禁止とは書かれていなかったので、窓からこっそり外に出てみることに・・・。

本館の真向かいにある野外ステージ

1階には人の気配がしてドキドキしたので、2階だけの見学にとどめて外に出ることにします(人見知りだから・・・)。

こんなに近くにロケットが!ドングリみたいで可愛い

先ほど歩いた回廊の反対側にも同じような回廊があり、その先にもトイレがありました。市の施設配置図によるとそれぞれ「海の園亭」、「太陽の園亭」とちゃんと名前がついているようです。細かいコンセプト聞いてみたいよ〜。どこかに資料が落ちてないかしら・・・。

そうか。太陽だから、天井からこぼれる光はオレンジ色なのね。先に見たトイレは海の青でした

では、最後にメインディッシュを遠くからじっくり眺めることといたしましょう。

180度なめまわす

グラウンドでは先ほどロケットに飛び乗り出発するかと思われたお爺さまたちがゲートボールを楽しんでおりました。平和だ〜。

ロケット前で休憩中

ロケット向こうに顔を出している屋根は、先ほど通り抜けた自然のスポットライトの場所。遠くから見る姿はまるでメカニック王蟲!!!(ナウシカは全人類の共通言語)

赤と青どっちに光りますか

「なのはな館」めちゃくちゃ楽しかったです!!!

まだまだいようと思えばいれたけど(むしろいたかったけど)、電車の時間が迫っていたのでさよならすることに・・・。

またいつかじっくりと

名残惜しく思いながら、今度はてくてく指宿駅へと歩いて向かいます。

途中で見かけた建造物もツボった!これは貯水塔・・・?

指宿駅に無事到着。本当は温泉に入ってゆっくりしたかったよー。

今度はゆっくり泊まりたいな

最後に

玉名展望館を見た時も思ったけれど、髙﨑正治さんの建物は目に見えない何かと交信するためのような不思議空間があちこちにあって面白い!「なのはな館」もいるだけでイマジネーションが次々にわいてくるとっても刺激的で素晴らしい建物でした。夜の明かりのともった姿も見てみたいなぁー。髙﨑さんのサイトにいくつか写真が載っていたので以下にリンクを貼っておきます。写真自体もめちゃカッコいいからぜひ見てみて!

なのはな館(全部で3ページあるから見逃さないように!他の建築も載っているので興味のある方はぜひ)

指宿に行った際には温泉だけじゃなくてぜひ「なのはな館」も見てほしいな。どこをとっても絵になるから撮影スポットとしてもオススメです。建物自体が古く、活用されていない建物も多いので今後の行く末がとても不安・・・。末長く活用されていくことを切に願います!!

さて、最近は郷土芸能や祭礼、伝統行事などに興味が行きがちですが、今でももちろん建築を見るのが大好き!これからも九州の摩訶不思議建築をはじめ、全国の魅力的な建築をいろいろ巡っていきたいと思います。

※めずらしく今回は1話完結です・・・!!!

【使用カメラ】digital:FUJIFILM X-T3、SIGMA dp3 quattro、iPhone SE2

⑩台風危機一髪!岩手お盆ひとり旅2023【アラハバキ大神の巨石を祀る神社編】

一関市から今朝出発した盛岡へと戻ります・・・!行ったり来たりと忙しい〜(ってわたしは運転せずに優雅に運ばれているだけでありますが)

 

CONTENTS

アルテイ・モレの碑

盛岡に戻る途中、どこかに寄る時間があるとのことだったので「神さびた神社」をリクエスト。東北マスターY氏の脳内データベースの中から選び出された神社へと案内してもらうことに。

そこへ向かっていると、「アルテイ・モレの碑」と書かれた看板をたまたま発見。折角なので寄ってみることにしました。

ところで、アルテイ・モレ・・・?とは???初めて聞く言葉の響き。蝦夷(エミシ)の長アルテイとモレ(アルテイさんとモレさんだったのか!一人の名前かと思ってた)は、8世紀から9世紀にかけて現在の岩手県胆沢地方に実在した人物(蝦夷は知ってるよ!)。大和朝廷と戦って最後には敗れて処刑されてしまったんだって。アルテイ・モレの碑はあちこちに建立されているようで、ここもその中のひとつのようでした。

森に囲まれた荒れた細い道路をぐんぐん進んでいきます・・・

車を走らせていると、ここかな・・・???(不安)という空間にたどり着きました。

コテッと斜めになった小さな看板を発見。どうやら滝などもあるようです

矢印の指す方に行こうとするも地面は草でボーボー。このことからも、あまり人が訪れない場所ということがわかります。だが、ゆくぞ!この先に何があるのか確かめるのだ・・・!!!

熊が出そうな雰囲気

神社を通り過ぎ、さらに奥へと進んでいきます。

その先に、アルテイ・モレの碑と、さらに奥に櫓が建っていました。

碑石がちゃんと撮れてなかったので解説板でご勘弁を

よーく見ると草に埋もれた櫓の下には古墳を示す看板があります。が、草が生い茂っていて降りれるような雰囲気でもなかったような・・・?やはり荒れ果てたままになっているのだろうなぁ。

アルテイ・モレ。今は存在を知ったばかりであまりよくわからなかったけれど、今後またどこかで出会うことがあるかもしれません。その時に興味がわけば、もっとホリホリすることもあるかも?その機会を待ちたいと思います。

さて、再び神さびた神社を目指してレッツゴー!!!

KAWAII

すると今度はキュン!とする建物を発見。それを伝えると車をわざわざUターンして停めてくれるというではありませんか・・・!やはり神か仏なのでしょうか・・・。ありがたく堪能させていただきます!!

た、たまらん!!

たまらんぞ・・・!!!

キリスト看板も・・・(2枚あるぞ)

そして・・・極め付きの・・・

!!!!!

ね、猫の足跡ーーーーー!!!!!

フロントガラスにぴっしりと猫の足跡が

す、すべってる・・・。すべってるよ・・・!!

嗚呼、その瞬間を想像すると可愛すぎて発狂しそうだよーーー!!!(鼻血)

この写真が今回の岩手旅で撮った中で一番可愛い写真に違いない。テンションが爆上がった瞬間でした。

巨岩を祀る丹内山神社

素晴らしい建物と猫の足跡に興奮して再び車に乗り込み、やっと到着した神さびた神社。そこは花巻市東和町にある丹内山神社でした。

入口

自然に囲まれたとても静かでひっそりとした場所(車がないと絶対来れない)。神社の一番上には「アラハバキ大神」という、これまた初めて聞くような響きの神様を祀った巨石が鎮座しているそうです。

実は巨石や磐座信仰というものに興味があって、太宰府にあるお稲荷さんの記事を書いたこともありました(アラハバキ神とは関係ありませんのであしからず)。巨石・・・古代の信仰・・・。なんでこんなに胸が高まるのでしょう・・・。

アラハバキ大神とは

アラハバキ大神は、古事記や日本書紀に登場することのない謎の神さま。蝦夷の神や製鉄の神等、他にもいくつか説があるらしいのですが、本当のところはわかっていないらしい。アラハバキ大神が祀られているところには必ず磐座があると言われいるそうです。た、高まるーーーー!!

以下サイトよりまとめさせていただきました▼▼▼

参拝へ

駐車場で降ろしてもらい、ひとり参拝しに向かいます。敷地案内図の看板をみると結構な規模の神社のようです。

どうやら参拝の順序は一番上のアラハバキ大神の巨石「胎内石」から下へ下へと参拝していくのが正式なルートだったもよう・・・。無礼にも下から上に逆方向に進んでしまいました。情報がたくさんあると・・・瞬時に処理できないんだ・・・・・。

入口には立派なお馬さん

空はどんより曇っているし、境内の雰囲気もなんだかもの悲しくて、急に孤独感が襲ってきました・・・。

「なんでわたしはここにいるんだろう・・・」(深い意味で)

そんな言葉がふっと頭をよぎります。

境内には見事な彫刻が刻まれた建物があったらしいのですがちっとも気付かず。

可愛い生き物の2枚しか撮ってなかった

この建物の側面だったのか、それとも他の建物だったのか。孤独感に支配されていたため、あちこちちゃんと見れていなかったようです・・・。

橋を渡り、本殿へ。

そしてついに・・・!!!

胎内岩

木々の隙間から現れた苔むした巨石。しめ縄がぐるりと巻かれ、神聖な岩であることが一目でわかります。

パワー感じてる人がいた

近づいてみると、岩の上には一本の木が生えていて、より神秘的な雰囲気を醸し出していました。神様として祀る気持ちがわかる気がします。

後ろから見た姿。正面に見める建物が本殿

2枚の重なり合った岩の隙間は潜り抜けれるようになっていて、壁面に触れることなく通り抜けると願いが叶うと言われているそうです。が、壁についても一応願いは叶えられるようです(アバウトだな笑)。

ブレてる解説板

こういうのは率先してやりたいタイプ!もちろん挑戦してみましたが、えーーーっと、これは子供じゃないと無理!!!隙間の中に小さな岩があって、簡単には通り抜けれないようになっていました。

中から見た入口がまるで刀傷のよう

胎内石くぐりをしているタイミングで、なんと空から大粒の雨が・・・!!!傘はもちろん持ってきてないし、神社の一番上からダッシュで戻るには駐車場は遠すぎる・・・。仕方ないのでしばしの間、御神体の中で雨宿りさせてもらうことに・・・。

さっきまでの悲しい気持ちは一体どこへやら。突然の雨と巨石での雨宿りに一気に気分は高揚し、すっかり楽しい気分になっていました。

雨はすぐに止み、満ち足りた気持ちで神社を後します。

アラハバキ大神さま、幸せな時間をありがとうございました!!!

ご当地グルメ。松葉商店のたこ焼き

盛岡へと戻る途中、花巻の松葉商店さんでちょっと腹ごしらえ。

無国籍感あふれる旗

ここのたこ焼きが、ご当地グルメとして有名らしい。

ラーメンもあるんだね!

プレーンとマヨネーズの2パックいただきます。

たこ焼き大好き!

生地がふわふわで美味しかった気がする・・・!!!(つまり食べてからだいぶ時間が経っているのでよく覚えていない・・・でも美味しかったことは覚えてる)

ただし2パックは多すぎましたな・・・。最後は味変できる何かがほしくなりました。

盛岡に帰還

ちょっとしたプチ観光をして、再び盛岡へと戻ってきました。2日続けて鹿踊を案内してくれたY氏さまとはここで解散。ご案内いただき本当に感謝です!移動距離、すさまじかったです・・・。

さて、夕方からは昨日下見をしたお寺さんへ参ります(そこで何があるのかは最後のお楽しみ!)。それまでぽっかりと時間が空いてしまいました。残された時間は約3時間ほど。盛岡散策はある程度してしまったし、遠出するには時間も気力も足りていない・・・。

あ、オススメされたあそこに行ってみよう!再び歩きはじめます。

何度往復したかわからない橋

光原社

盛岡に行くと言ったら数人にオススメされた光原社。きっと好きだよ、と言われたけれど、その通りとても好きでした!

ビー玉の模様のような色ガラスや床のタイルもかわいい

ショップがいくつか連なった集合施設になっていて、民藝が好きなら大好きな空間だと思います。宮沢賢治好きにもオススメです。

 

で、ここで事件勃発。

スマホ紛失!!!

光原社を出てスマホを取り出そうとすると、いつもなら入っているはずのポケットにない・・・・!おや?っと思い、ショルダーバックをごそごそ。ない・・・。リュックの中身を全部ひっくり返しても・・・ど、どこにも!

な!い・・・・!!!

ななななんと!スマホを落としてしまったようです・・・(真っ青)

ホテルからスマホの地図を見ながらここに辿り着いたので、間違いなくそれまではありました。まずは光原社のスタッフに確認するも見つからず。ここにないとすると一体どこに・・・?

ひとつ思い当たることがありました。一度荷物を整理するためにどこかのバス停のベンチに座ったのです。ただ、普段ぼーっとして地図だけを頼りに歩いているから自分がどこから来たのかちんぷんかんぷん!超焦ってるから同じ場所を行ったり来たり・・・。だって、スマホなくなったら新幹線や飛行機も乗れないし、警察に行ったりなんやこんやでこれからの予定も吹っ飛びます!!!

顔面蒼白になりながら、無意識の自分を信じおぼつかない足取りでベンチのある場所を探し歩いていると・・・

あああああったーーーーー!!!(号泣)

いやぁー、ほんと肝を冷やしました・・・。上の写真は、歓喜しながら足早に駆け寄ってスマホを手にとった後にハッと思い直して、再び同じところに置いて撮ったヤラセ写真です。

福田パン本店

大大大ハプニングで、精神的にも体力的にもぐったり・・・。とりあえず昨日食べれなかった福田パンの本店に向かったらお盆休み・・・。ま、軽く想像はしてたので、平気です・・・平気ですよ?(涙目)

どどん!

思い返せば、昨日の朝は中華そば、昼はクエン酸ゼリー、夜はコンビニ冷麺。今朝もちょっとしたコンビニ飯、お昼はたこ焼き。うぅん、どうやらエネルギーが足りてないようだ。だからこんなにも朦朧としてるんだ・・・。

果たしてこれから盛岡らしい食事をすることができるのだろうか!?

どこまでも運に見放される

その後は再び雨が降ってきて・・・不思議な歯医者さんの建物で雨宿りすることに。なんで今日は傘持ってこなかったんでしょう。昨日はちゃんと用意してたのに・・・。

木のために作られたような不思議な建物でグッときたからここを雨宿りの地とする

やっと雨が止んだので、再び移動開始。街中へと向かうことにします。何か・・・心躍るスイーツが食べたい・・・。昨日訪れた神社の近くまできました(もうへとへと)。

昨日参拝できなかった巨石を遠目に拝見

参道にいい感じの喫茶店を見つけたので入ってみると、もう閉店したことを告げられる・・・。

無念

意外にも盛岡のカフェ関係は閉まるの早いのですね・・・。盛岡に戻ってきてから無駄な動きをしすぎて、ゆっくりできる時間があまりないことに気付きます。もうどこにも行かずに早く落ち着きたい。そうだ、あの場所でゆっくりしよう・・・。

コンビニで今回の旅で何度目かのクエン酸ゼリーを購入し向かった先は・・・

青龍水で癒しの時間

昨日訪れて大大大好きだった青龍水ふたたび!ここ、ほんと大好きだ!!

命の水

クエン酸ゼリーをちゅーちゅー飲んで栄養補給&湧き水ごきゅごきゅ。ほっと一息ついて、ちょっと回復。

青龍水からは今日の最終目的地であるお寺さんが見えます。そこにはカラフルな装束に身を包んだ人たちの姿が・・・。

岩手ひとり旅、最後の夜が始まろうとしていました。

【使用カメラ】digital:FUJIFILM X-T3、SIGMA dp3 quattro、iPhone SE2、film:CONTAX Aria

⑩台風危機一髪!岩手お盆ひとり旅2023 へとつづく▼▼▼

⑦台風危機一髪!岩手お盆ひとり旅2023【盛岡散策・後編】

盛岡散策後編です。

CONTENTS

盛岡八幡宮

お寺さんばかりではなく神社にも行ってみました。

とても大きな神社

何に心を奪われたかって・・・敷地内のわきにいらっしゃる神馬さま・・・(名脇役に目がいってしまうわたくし。いや、脇役どころかわたしにとっては本命です)。

白と黒のお馬さま〜!!!

ちびっこお馬さんもいたよ。正面からは見えないけれど、布製のお馬さまもいてものすごく気になった・・・。どうにかして全貌を見たいと思ったけどうまいこと隠れてて無理だった・・・・・。

布製の子。気になる・・・

もちろん本殿にもお参り。今回の旅の安全と好きな写真が撮れることをお願いします。

遠くまで見渡せるすがすがしい景色

神社周辺の街歩きもちょっとたのしい。大通りから細い路地に入るといい感じのスナック街がありました。

地元の人たちにとっての日常が旅人にとっては非日常なのです

盛岡の近代建築

土砂降りだった昨日が嘘のような快晴です。少しずつタイムリミットが迫ってきました。そろそろお昼ごはん食べたいなぁ。盛岡に行ったら絶対に食べたいと思っていた福田パンへと向かうことにします。

人魚の写真館

早歩きで福田パンへと向かっていると、いきなり目の前に天上へと駆け昇ろうとする魅惑的な人魚の姿が・・・!!!

フォントが一部取れてしまっています

建物の中から飛び出してきそうな人魚

思わず心の中で絶叫しながら建物周辺を挙動不審にうろちょろしてシャッター切りまくってしまいました。鼻血が出そうな悶絶建築ですね・・・。 「館」の文字は取れていますが、小原写真館という写真館だったようです(壁面フォントが旧漢字の「寫眞」なのもグッとくる)。どうやらその筋の人たちには有名な近代建築だったらしい。人魚の手の先にも文字が入っていたようです。

ちなみに旅の最中忙しすぎてちっともまともにTwitter、もといXでつぶやけてなかったから、スマホでパパッと撮ったばかりのこちらの写真にその時感じた一言添えて何気なくアップして放置してたら・・・なんと人生初バズりしてました・・・。

リプライでこの写真館に関するブログが紹介されていたので、そちらを貼らせていただきます。詳しく知りたい方はこちらをどうぞ。

まだまだ人魚を眺めていたいけれどいかんせん時間がない〜!!!さよならして福田パンへと向かいます。

福田パンは街中に何店舗かあるのですが、今回向かったのは一番近かった中ノ橋店。どうやらバスターミナル内にあるようです。中に入ってみると・・・

う、売り切れ!!!

売り切れというか、お盆休みでそもそも営業してなかったようです・・・。はい、絶望。

朝食べた中華そばとしそ巻きは、散策しているうちにすっかり胃袋から消滅。福田パンを食べれないという絶望により、一気に疲れがやってきました。た、食べ物をください・・・。ふらふらとした足取りで歩いていると目の前に希望の光が差し込みます。

岩手銀行赤レンガ館

目の前に現れたのは、1911(明治44)年竣工の岩手銀行赤レンガ館でした。東京駅と同じ辰野金吾の設計。そんなことはこの時はまったく知らず、ひと目で心を奪われます。みるみるうちにわたしの心に栄養が行き渡り、食べ物のことなんかそっちのけで中へと足を踏み入れていました。

なんという美しい建物なのだ

しかし時間がない!!時間がないのだ!!!

有料部分もあってそちらも見たかったのですがそれは叶わず、無料で見れる範囲のみを駆け足で見てまわります。めっっっっっっっちゃくちゃ素晴らしかった・・・・・・。

悶絶の嵐

もっと滞在したかったけどいよいよ時間が心配。体がこの場にとどまりたくて引きちぎれそうになりがなら無理やり脱出・・・。有料部分も見たかったな!

レンガ館を出てすぐの川からの景色がとても美しかったです

櫻山神社

もうご飯食べるのはあきらめて、ほんの少し残ってた時間で最後に神社へと寄りました。本殿奥に巨石があったらしいのですが、急ぎすぎててまったく気付かず・・・。

星型のおみくじかわいい

手作り感満載のお人形さんたちがあちこちで存在感を放っていました。

鶴と亀の中にはおみくじが

顔はどう見ても鬼滅の炭治郎だけど、なんか古代の格好してる・・・。よくわかんないけど因幡の白兎???

最後はバッタバッタ駆け抜けて、これにて本日の盛岡散策終了です!!!

最後に

今回の目的は鹿踊だったため建築関係はまったく調べていなかったのですが、盛岡は素晴らしい建築があふれる街であることを初めて知りました。気の向くままに歩いていているだけでこんなにも素敵な建物に遭遇してしまうんだもの・・・(昨日出会った公会堂然り)。きっともっとたくさんあるんだろうなぁ。でも、人魚の館とレンガ館を見れただけでも大大大満足なのでした。

さて、素晴らしい近代建築にすっかり夢中になってしまい、ご飯を食べる時間がなくなってしまいました・・・。電車の中でクエン酸ドリンクをチューチュー吸いながら、ついに四国の鹿ちゃんズのルーツである東北の鹿さまたちに会いにいくぞ・・・!!!!!

クエン酸飲んでりゃなんとかなる!

【使用カメラ】digital:FUJIFILM X-T3、SIGMA dp3 quattro、iPhone SE2

⑧台風危機一髪!岩手お盆ひとり旅2023 へとつづく▼▼▼

⑤台風危機一髪!岩手お盆ひとり旅2023【雷鳴轟く雨の盛岡編】

豪雨の遠野を脱出し、花巻駅から電車で北上。どうなるかと思ったけれど、なんとか盛岡入りを果たすことがきました!スリル満点で楽しかった!!!(無事脱出できたから言えることである)

盛岡駅

CONTENTS

盛岡

盛岡駅に着いてみてびっくり。と、都会ですね・・・!??今まで遠野にいたので、いきなりニューヨークに来たような気分。ちなみに盛岡は、ニューヨーク・タイムズ(電子版)の「2023年に行くべき52カ所」に選ばれているそうです。行くまでまったく知らなかったよ。うちの母親(情報通)まで知っていた・・・。

まずは駅前のビジネスホテルにチェックイン。今日から3日間ここを拠点にあちこち動きまわります。味気がないけれど仕方がない。さて、荷物を置いて早速出発!と行きたいところですが盛岡の街に轟く雷鳴・・・!!!間違いなく近くに落ちているよ・・・?

雷が落ちた時の瞬間の動画のスクショ。画像に乱れが・・・

どうやら遠野から雨雲を連れてきてしまったようだ・・・。今日は午前中にちょっと観光しただけで後は移動ばかり。このままだと1日の旅のトキメキ摂取量がぜんぜん足りないよ・・・!!

覚悟を決めて豪雨と雷鳴が轟く中、盛岡の街へと飛び出します。とはいってもこの雨。思うように身動きが取れないので、当初の計画ではじゅうぶんに時間が取れなかったお土産購入に時間を充てることにしました。

雨の盛岡をゆく

駅から繁華街へは結構離れています。それでもバスを使わずに歩くのは街を散策したいから。この雨でもその気持ちは変わることはありません。

商店街っぽいとこにきた

ひどい土砂降りであたりはどんより灰色です・・・。

神社の参道。いい感じの飲食店がありました

近くの川。鳥がチュンチュン雨宿りしてて可愛かった(頑張ったけど写真撮れず)

カッコいい建物を発見!!!(鼻息ふがふが)

さらに歩いていくと、かわいらしい水色の建物が見えてきました。1891年に「盛岡消防よ組番屋」として建てられた紺屋町番屋です。現在は交流体験施設として利用されていて、カフェなども入っているようです。

かき氷の文字が〜

ただし、今回の目的地はこちらではなく、その斜め向かいにある南部せんべい屋さん。

老舗白沢せんべい店

昭和11年創業の老舗白沢せんべい店です。ちなみにもうこの時には雨で髪の毛はぐちゃぐちゃだし(癖っ毛に湿気は大敵である)、足元もびしょ濡れでひどいありさまでした・・・。

母親に南部せんべいのお土産をリクエストされたので、せっかくだから昔からあるお店で買いたいなぁと。結果、大正解でした!

なぜなら釜神様に出会えたから・・・!!!

釜神様

店に入って商品を物色しながらふとカウンター上を見上げると・・・

どどぉぉぉーーーーーん!!!

ななななんというインパクト・・・!!!!!
亀裂の入った真っ白な眼が爛々と輝き、「ふははははは」という不敵の笑い声が今にも聞こえてきそうなお顔です!!!

ビックリしてお店のスタッフに尋ねてみると次のように教えてくれました。

  • 「釜神様」と呼ばれている。裏の釜で南部せんべいを焼いている。
  • 店主も「釜神様」がどこからやってきたのか、いつからあるのかわからない。
  • 相当古いものらしい。

それ以外の詳しいことがわからないとのことでした。気になって後日調べてみると、宮城と岩手南部(旧仙台藩領)で信仰されていることがわかりました。

以下、工房釜神 【釜神の伝説】より抜粋

火を取り扱う場所としての竈を大切にし、信仰の対象とする例は古くから全国的にみられることであるが、宮城県から岩手県南部にかけての地域では、特に、土間の竈近くの柱や壁に土や木の面をまつる風習がある。これ等の面は一般にカマガミサマと呼ばれ地域によってカマオトコ・カマズンツァン・カマノカミサマ(宮城県)、カマダイコク・カマベットウ・カマメンコ(岩手県)などと称されている。宮城県では昭和60年度に所在確認調査を行い、県内で約2000面、岩手県で約400面が確認されていが、最近家の新改築によるカマドの激減や、カマ神そのものの破損・移動・消失によって、体系的な研究は困難な状況になっている。

工房釜神 【釜神の伝説】には、上記の他にも釜神様について書かれた様々な文献の内容がまとめられていてとても面白かったです。興味のある方はぜひ。(ちなみにわたしは文章量が多すぎて最初あたりしか読めてない・・・汗)

釜神さまのパキパキに割れた目は、単なる劣化なのかと思ったら、上記サイトを読むともしかしてそうでない・・・?

すごい眼力

土製の釜神様の目や口には、白い瀬戸物やアワビ貝をはめることが多いらしい。こちらの釜神さまは木製だけど、白目の部分は白い貝や陶器のカケラのようにも見えるし、黒目部分は白目部分よりもキラキラしてる(もっとちゃんと見て質問すればよかったなー)。

旧仙台藩領である岩手県南部は盛岡は含まれないので、地域的には外れるけれど創業者の出身がそちら方面なのかな?とか、何か別の縁があってここに釜神様がやってきたのかな・・・?等と色々な妄想が掻き立てられてたのしい!!

単なる失敗だけど、あやしくいい感じに撮れた釜神さま

南部せんべい

もちろん南部せんべいも買ったよ〜!!ひとつひとつ手焼きしているらしい。

色んな種類がありました

店内には昭和な家電やポスター等も貼られていて面白かったです。

盛岡市八幡宮の境内で開催されたという「世界動物大博覧会」のポスターも!いつ開催されたんだろう?

こ、これは何かな・・・?

南部せんべいを買うだけでなく、意外なところで宮城〜岩手に伝わる独自の信仰を見ることができてとても嬉しかったです。

岩手県公会堂

次なるお土産品を求めて歩いていると、とんでもなくグッとくる建物に遭遇・・・!!

装飾も素敵

あれ?なんか南部せんべい屋さんに向かう途中で見かけたカッコイイ建物に似てる・・・?って思ったら、どちらも同じ岩手県公会堂。さっき見たのは正面側で、こちらは側面側だったようです。

1927年(昭和2)年に竣工したネオゴシック建築で、内装にはなんとアール・デコの意匠もあるというではありませんか・・・!!!(大好物)見てみたかったなー。盛岡にはこんな立派で素敵な建築が残っているんですね。雨でなければぐるっと一周して鑑賞したかったなー(根性無し)。

戸塚珈琲店

次に訪れたのは、公会堂からすぐ近くのカフェ&珈琲豆屋さんの戸塚珈琲店。旅先で珈琲豆を買って帰ることを楽しみのひとつにしている今日この頃。調べてみると盛岡にはたくさん喫茶店があって迷ったのですが、通り道でもあったこちらに伺うことにしました。

お店の前で傘をとじていると中から店員さん出てきました。ななななんと!今日は休業しているという・・・!!!(毎度お馴染み店が閉まってる呪い発動)ダメ元で珈琲豆だけでも購入できないかたずねてみるとオッケーとの返事が。ありがとうございます〜!!!

運命の出会い

店内には休業中にも関わらず喫茶店を営業する夫婦と、そのご両親の老夫婦、そして一匹のお犬の姿がありました。

とっても大人しい紅葉ちゃん。可愛いかった〜!

福岡から来たことを伝えるとその場にいたみなさまが何やらびっくりしています。単に遠いからかな・・・?と不思議に思っていると、なんと老夫婦はお盆帰省中で、今は福岡に住んでいるという・・・!!しかもわたしの住んでいるとこから近くてびっくり・・・!!!思わぬ出会いに店内は大盛り上がり。記念にみなさんの家族写真を撮らせてもらいました(思い出の写真)。ほんとみなさん素敵な人たちだった!ほんの数分だったけど、とてもしあわせな時間を過ごすことができました。また盛岡を旅した際には必ず訪れようと思います。ありがとうございました!

旅から帰ってきた週末に、さっそく買ってきた珈琲豆で珈琲を淹れて南部せんべいをいただきました。しあわせのひととき

せんべいの裏に「南部煎餅」の文字が入っているのにも個人的にはグッときた

岩手県産ワイン

自分へのお土産をゲットしたあとは、さらに酒屋さんで岩手産のワインを2本ゲット!!珈琲豆と同じく、わしゃ地元のお酒も買って帰りたいんじゃ〜。ほんとはワイナリーに行きたいけど近場で行けそうなところがなかったので、岩手産のワインを置いているお店を調べてこちらに伺いました(他にも置いてるところあるかも?)。

ワインの他にも色んなお酒が置いてました

リュックにあれやこれやをパンパンに詰め込んで最後に向かったのは・・・

西洋料理専門店ユキノヤ

地元の人たちに愛される昔ながらの洋食屋さんで夕ごはんをいただきます!

かわいいフォント

店内は老若男女問わず、地元の人たちでとても賑わっていました。その中に混ぜてもらえてうれしいな〜。

注文したのはハンバーグとエビフライ。

昭和テイストがたまらない

「わたし今、肉食べてる!」

って感じのハンバーグでとても美味しかったです。

盛岡の夜を歩く

地元に愛される洋食屋さんでお腹を満たし外に出ると、雨は止み、あたりは少しずつ暗くなってきていました。お散歩しながらホテルに戻ることにします。ユキノヤ近くの通りにも古い建物がいくつかあって嬉しくなりました。

素晴らしい建物と手描き看板

大智田中地蔵尊

そして突然現れたのは真っ赤な布で顔が覆い隠された巨大なお地蔵さま・・・!!!

お顔の中はどうなってるの???

その不思議な姿に胸をわしずかみ・・・(ドキドキドキ)。なんで赤い布でお顔が覆われているの?

1694(元禄7)年に建立されたもので、盛岡市指定有形文化財に指定されているらしい。そんなに古いお地蔵さまだったとは。とても綺麗だったので比較的あたらしいものなのかと思っていました。それだけ地元の人たちに大切にされてきたということなのでしょうね。

で、赤い布で顔か隠されている理由は??解説板にも理由が書いていないよ???

地蔵

き、気になる!!!そんなわけで、後日調べてみたらどれをみてもこんな風に顔を赤い布で隠してる写真は見当たらない・・・。

も、もしかして・・・

単に風で煽られて奇跡的に美しく布がかぶさってただけ・・・!??(ずっこけた)

そりゃ解説版に書いてないはずだぁー。あのときの感動を返して・・・。でも、勘違いだったとしても、あの時みた光景はとてもとても幻想的で美しかったです。

実際のお顔をみたい方はこちらからどうぞ。

なかなか見れないレアな姿を見れたと思うことにしよう

夕暮れのお散歩を楽しみながらホテル近くまでたどり着くと、すでにあたりは真っ暗になっていました。

橋を渡るとすぐに駅近のホテル。川沿いにはお店が連なっていました

遠野から盛岡まで雨に振り回された1日でしたが、なかなか楽しい1日だったなぁ。しみじみと思い返します。

ホテルにて

ホテルに戻ってからはコインランドリー戦争の始まりです(他の宿泊客との争奪戦!)。戦いに打ち勝ち、すべての準備を終えたのは23時前。そして明日は5時起き・・・!!!(白目)早々に就寝です。

ところで、東京から遠野、盛岡までの移動中、実はずっと台風情報と睨めっこ。台風の進路に合わせて飛行機や新幹線、宿の変更やキャンセルしたり、1日早く帰る予定まで組んでいました。でもなんだか進路がずれてる・・・??最初の計画のままで大丈夫そう・・・???(日頃のおこない????)

どうやら台風の心配もなくなったことだし

いよいよ明日から旅の本番です!!!(実はメインはこれからなのよ)

【使用カメラ】digital:FUJIFILM X-T3、SIGMA dp3 quattro、iPhone SE2

⑥台風危機一髪!岩手お盆ひとり旅2023 へとつづく▼▼▼

③台風危機一髪!岩手お盆ひとり旅2023【民宿古軒と遠野ジンギスカン編】

本日のお宿は明治21年に建てられた民宿古軒さん。遠野駅から歩いて15分ほどの距離で、市街地からは少し外れた場所にあります。今回は遠野以外はすべて味気ない素泊まりビジホ。趣のある昔ながらのお宿に泊まりたい欲求を満たせるのはこの日しかありません。もちろん1泊2食付きで満喫するつもりさ・・・!!

奥にお稲荷さんの鳥居が見えているのにもグッときます

CONTENTS

民宿古軒

国の登録有形文化財にも登録されている及川家住宅(民宿古軒)。おばあちゃんと、その息子さんがメインで経営しているようです。あと看板猫ちゃんも〜。

わたしは2階のお部屋に案内されました。

部屋

最初クーラーがないことに気付いて不安に思ったけれど、窓を2箇所開けて扇風機まわしてたらぜんぜん暑さを感じずとても過ごしやすかったです。(気候的なものもあったのかもしれませんが)

部屋にはドアが二つあって、ちょっと迷路みたいな作りになっていました

グッとくる立札

おばあちゃん家にありそうなレトロなガラス窓

1階

1階の囲炉裏のある座敷の壁には、文化財に登録された際の新聞記事が飾られていました。

新聞記事

この記事によると民宿になったのは1979年からで、創始者の女将は今年で83歳らしい。ということはつまりおばあちゃんが初代女将!色々話しかけてくれるのですが耳が遠いので、こちらからは質問できないというほぼ一方通行なコミュニケーション笑。ニュアンスはわかるとのことで、大きな声で話したり、指を使って会話したりしてました。

さて、本日の夕食はこちらのお座敷でいただきます。

遠野ジンギスカン

夕食のメインはジンギスカン!まったく知らなかったのですが、遠野はジンギスカンが有名らしい。焼肉といえば牛ではなく羊なんだそうです。

歴史

ジンギスカンといえば北海道ですが、遠野のジンギスカンの歴史も昭和30年代からと案外古い。遠野にジンギスカンを広めたのが現在でも遠野でジンギスカン専門店を営む「あんべ」の創始者で、当時は遠野でも織物用として羊が飼育されており、輸入に頼らず新鮮な羊肉を身近に調達できたことからジンギスカンが爆発的に普及。その後、遠野で飼育されていた羊は食べ尽くされてしまったそうです笑(それほど美味しかったのか!?)

遠野ジンギスカンの歴史については「あんべ」さんのサイトに詳しいので以下サイトをどうぞ。

北海道のジンギスカンがタレに漬け込んだ肉を焼くのに対し、焼いてからタレにつけて食べるのが遠野スタイル。野外では「ジンギスカンバケツ」を使って食べるのも遠野独自のものらしい。精肉店やスーパーでも普通に貸し出しが行われているそうです。今回スーパーを訪れる機会がなかったので(ほんとはその土地の色が出るから行きたいんだけどねー)見る機会がありませんでしたが、次訪問した際にはもっとラム食文化を間近に感じてみたいと思いました。

ちなみにこちらは去年の11月に北海道で食べたジンギスカン

さて、ここまで話してきて、まるでわたしがラム肉大好き人間みたいになっていますが、はっきりいって苦手です!!!だって、あの独特の臭みが・・・。宿のチェックイン時に夕食はジンギスカンでいいかと聞かれ一瞬迷ったのですが、折角だから食べてみることに。

なかなか立派なラム肉です

おばあちゃんに急かされるまま(やり方よくわからない)一気に焼いて焼いて焼いて・・・

こんなんでいい???

・・・パクリ!

一気に焼いた

おや・・・?そんなにラム臭も強くなくて・・・美味しい!!(タレも美味しかった)ラム肉がちょっと苦手…って方も、折角だから勇気を出して食べてみるのもアリかもしれません。せっかくならその土地の名物を食べたいものね〜。ジンギスカンにしてよかったです!!

一気にラム肉焼いた後は、その油で野菜を炒めてということだったのでせっせとお野菜を焼きます。思わず生肉が乗ってた皿に盛って食べたんだけど、途中でそのことに気づく。明日以降お腹壊して旅どころじゃなくなったらどうしよう・・・。不安になって調べてみたら、ラム肉は寄生虫がいないから大丈夫っぽい・・・??豚肉や鶏肉じゃなくてよかったよー!これからは気をつけようね。うん。

ちなみにジンギスカンの他にもお刺身や焼き魚、汁物などがありました(写真全部撮ってないのなぜ)。

遠野はホップの一大生産地

ラム肉を食べるならビール!?

と思ってしっかりと観光協会内のショップで買ってきてました(古軒さんではお酒を出さないので予約時に持ち込みを案内されます)。

どちらかというと黒いビールが好きです。あわあわな写真撮ったつもりだったけど泡消えてるね・・・

これまた知らなかったのですが、遠野はビールの原料であるホップの一大生産地だそうです。実はビールもそんなに得意ではないのですが(ごめんなさい・・・)、ショップにはいろんな種類のご当地ビールが並んでいてたのしかった!旅先なら不思議とビールも飲めちゃうんだなぁこれが。繁華街には飲み比べができるお店もあるようです。行ってみたかったー!

おや?ビールの背後に何かひらひらしたものが・・・

神棚

実は古軒さんに荷物を預けにきた時にまずまっさきに目に飛び込んできたのがこちらの印象的な神棚でした。

左は・・・お稲荷さん?次は恵比寿様?大黒様?鏡餅?鏡餅とお稲荷さん?????

こんなの初めてみるよー!!!

どんな意味があるんだろう?この紙はどこで入手してるのかな??

などと色々と聞きたいことが湧き上がったのですが、おばあちゃに尋ねようとすると耳が聞こえないから息子さんに聞いてという。ただし息子さんは裏方の作業をしててなかなか表に現れないので聞く機会を逃してしまいました・・・。あぁぁ

昼間に見た博物館にも展示されてたけど、ちょっとしか解説なかったからなぁ〜。

以下その解説です。

「遠野の神棚は家族が集まる常居(じょうい)に儲けられることが多い。お社の他に、御札や稲荷、恵比寿・大黒等様々な神仏が一緒に祀られる賑やかな神棚が遠野の特徴である。」

博物館の切り絵もまた違った柄でした

もっと知りたい!とてもそそられる遠野の神棚でした。

予定の変更を余儀なくされる

夕ご飯を食べ終わったところで、おばあちゃんに朝食の時間を聞かれます。遠慮して「7時」とわたし(ほんとは6時40分頃と言いたい)。するとおばあちゃんに「ちょっと早い」と言われて7時半になったよ・・・苦笑

うん、予定していた電車に間に合わないね!盛岡に10時過ぎに着いて朝から観光するつもりでしたが仕方がない・・・(電車の本数が少ないからそれを逃すと4時間のタイムロス)。フリーダムなおばあちゃんとのこんなやりとり含めて面白かったです。

お風呂

ご飯を食べたあとはお風呂タイム。綺麗にリフォームされてて快適でした。トイレも綺麗なので、水回りを気にする方も大丈夫かと思います。

お風呂からあがったら猫ちゃんがお出迎え

朝早く起きなくてもよくなったので部屋でのんびりしているとゆれゆれの地震が・・・!!やっぱり怖い・・・。旅先で一人だし。ドキドキします。とはいっても今朝は朝の5時起きだったこともあって、少し時間がたてばすっかり忘れすやすやと眠りに落ちるのでありました。

朝目覚めると土砂土砂土砂降りの雨・・・!!!

窓を開けると風情のある格子。の隙間から見える雨!!!!!

1階へ降りて、土砂降りの雨を眺めながら朝食をいただきます。

しっかりと雨だねぇ・・・

スマホからは緊急速報!!(宿は避難指示の地区には入っていなかったけれど)さらに街中には避難のアナウンスも流れていました。

マジか

うーん、どうしたものか。キャリーケースもあるし、このままでは街中を散策することすら難しいぞ・・・。おばあちゃんと一緒に朝食を食べながらのんびり朝ドラを見ることしかできない・・・・・。

左のテーブルでおばあちゃんも朝食タイム。猫ちゃんも一緒!

食後のコーヒーのスプーンにも肉球

もうあきらめてチェックアウトの10時までお宿でのんびりしようとのろのろと身支度を整えます。

すると雨足が弱まってきた気がする・・・!出掛けるなら今しかない。宿に荷物を預け、昨日行きそびれたあの場所へと参りましょう!!!

雨の民宿古軒

【使用カメラ】digital:FUJIFILM X-T3、SIGMA dp3 quattro、iPhone SE2

④台風危機一髪!岩手お盆ひとり旅2023 へとつづく▼▼▼

⑧竹田キリシタンを巡る旅【雨上がりの城下町】

目覚ましが鳴るよりも1時間ほど早く目が覚めました。カーテンを開けると外はどしゃぶりの雨・・・。

朝の6時過ぎでした

天気予報を確認するとどうやら今の時間帯が一番酷いらしい。その後は曇り、降っても1mm程度の雨予報。前確認した時よりもだいぶよくなってる!神様が味方してくれているようです。

CONTENTS

朝食

2度寝しないならスチャッと早めに起きて準備すればいいのに、布団の中でスマホ(ついったとかついったとかついったとか)をだらだら弄んでしまうからいけません・・・。

そうこうしているうちにあっという間に目覚ましが鳴りました。身支度を整えリビングへ。昨日宿のパン屋さんで購入したあれやこれやで朝ごはんです。もちろん湧水もいただくよー。

さぁて、どれを食べようか

宿泊客の2人組が食事しにやってきたのでちょっとだけ雑談。こういうお宿では、はじめましてな旅人たちとの何気ない会話がうれしいね。大大大の人見知りではあるけれど、フィーリングが合えばとっても楽しくお話しできるのだ。

竹田と登山

なんと2人は和歌山県からはるばる登山しにきたんだって!宿のご主人から聞いた話では、なんでも竹田は日本百名山に選ばれている3つの山に囲まれていて(山の名前ははわからぬ・・・)、1度に3つの山を制覇するのにちょうどいい位置にある竹田に泊まる登山客が多いらしい。なるほどねー!2人もやっぱりその3つの山に登るためにこちらの宿を選んだとのことでした。

そんなわけで、登山したい方もこちらの宿をオススメします!!(もはや宿のまわし者と化している)

朝の城下町

旅先での一期一会の出会いをたのしみつつ、いよいよキリシタンを巡る旅2日目の開始です。

外にでると・・・雨!止んでる・・・!!!

日頃の行いがいいから出かける時には雨が止みます(たわごと)

気持ちのいい朝。雨の上がった城下町を歩きます。

いい感じの持ち送り

雨が降った後の植物が好き

城下町の風情ある街並みに胸トキメキ。

右の路地がわたしを呼んでいる・・・

するする路地に吸い込まれていきます。

竹田のトンネルと山藤はセットなのかもしれない

廉太郎トンネル

現れたのは瀧廉太郎トンネル。トンネルを通ると瀧廉太郎のメロディーが流れるという仕組み。なんだか可笑しくて何度も往復したくなります。

本来のトンネルの名前は「溝川トンネル」。明治中期頃に掘られた素掘りのトンネルを、昭和62年にメロディートンネルとして改修して現在の形になったとのこと。

解説

禁教令が廃止されて18年後の1891年。瀧廉太郎は12歳〜14歳の時に竹田で過ごし、その家屋が現在では記念館として公開されています。このトンネルの先にあるのですが・・・もちろん時間が足りなくて行けません・・・涙涙涙

案内の看板とおもしろい形のミラー

クリスチャンだった瀧廉太郎

実は、上京した瀧廉太郎は洗礼を受け、キリスト教徒となります(竹田での滞在が影響したのかは不明。元々幼少の頃から身近に熱心なクリスチャンがいて讃美歌も歌っていたらしい)。

なーんと彼が作曲した有名な「荒城の月」は、後にベルギーのシュヴトーニュ修道院で編曲され「ケルヴィム讃歌」という讃美歌として歌われているんだって!

気になったのでYouTubeでさがしてみました。まずは本家の「荒城の月」。聞き馴染みのあるメロディーです。

www.youtube.com

そしてこちらが「ケルヴィム讃歌」。

www.youtube.com

う、美しい〜!教会で歌われていても違和感ない。むしろこっちの方が好き・・・。

なぜ讃美歌として歌われるようになったかは以下のサイトに詳しく書かれていました。興味深し。

『荒城の月』とヘルフィム賛歌 - 西戸崎キリスト教会 キリスト教会 西戸崎バプテスト教会 szch szch.jimdo.com

竹田市歴史文化館・由学館

お次は竹田市歴史文化館・由学館へ。

なにやら綺麗でオシャンね・・・!?

館内

と思ったらなんと隈研吾の設計。館内の写真を撮っていいかスタッフに訊ねると、展示品ではなく全体を撮るのであればOKとのこと。きっと建築目当てで訪れる人も多いんだろうなぁー。

窓から見える植物も美しかったです

で?隈研吾の建築を見にきたのでなければYOUは何しにここへ・・・?

そう、ここには竹田キリシタンにまつわる最大の謎、サンチャゴの鐘が展示されているのです・・・!!!!!見れてうれしい。サンチャゴの鐘についてはまた後のブログで取り上げますのでしばしお待ちを・・・。

実はこの場所にいたのはほんの2、30分ほど。今回は残念ながら館内の岡城ガイダンスセンターをちょろっと見ただけでした。なぜなら時間が!ないからだ・・・!!(毎度おなじみ)

城下町としばしの別れ

なぜそんなに急いでいるかというと、昨日に引き続き今度はバスに乗って城下町を抜け出し、郊外へと飛び立つからであります・・・!!ゆっくり城下町散策なんてできやしないよー。

バス停に向かっていると、武家屋敷通りに繋がる「歴史の道」の入口がありました。

のぼりたいけど我慢

歴史の道の入口を通り過ぎたあたりにバス停発見。

バス停

歩いてきた道を振り返ると・・・

キリスト看板!!!

キリスト看板を見つけると上がりますよね?(共感者求む)

バスを待っているとポツリポツリと再び雨が・・・。お願いだから降らないで・・・!!少し遅れてやってきたバスに乗り込り込み、目的地に着くまでに雨が止むことを願うのでした。

【使用カメラ】digital:FUJIFILM X-T3、SIGMA dp3 quattro、iPhone SE2

⑨竹田キリシタンを巡る旅へとつづく▶︎▶︎▶︎

⑦竹田キリシタンを巡る旅【古民家のホステル】

早朝からみっちり動き回って疲労困憊!そろそろ今朝荷物を預けたお宿へ・・・。

CONTENTS

城下町の街並み

お宿へと向かう途中、ちらほら素敵な建物に遭遇します。

こちらは洋風の建物。おでこの装飾と「谷」の木製フォントが素敵!

大好物

シックな黒漆喰(?)の壁の年季の入った商店も。

瓢箪型の看板も良き

今回は時間が限られたキリシタン旅。ゆっくり街を散策できなかったけど、ちょっと歩くだけでこんな風に出会えるのだから、きっともっと楽しい通りが隠れているに違いない。

いい感じのホルモン屋さんもありました。こんな味のあるお店にふらっと入って一杯やりたい人生だった・・・。

ひとり旅はできても、こういうお店に一人で入り切れないチキン

竹田の街をてくてくてく。

豆タイルと綿帽子

食彩 さきち屋

夕暮れ時にお宿へと到着。その頃にはもうくたくたで一歩も外に出たくない気持ちに・・・。最初は近くの温泉に行くつもりだったけれど、いよいよ雨も降り出してきたことだしお宿に引き篭もることを決意。宿に着いて早々テイクアウトできるお店を教えてもらい夜ごはんの調達です。

一歩も歩きたくないわたしの思いを知ってか知らずか、教えてくれたのは宿から歩いてほんの1分ほどの距離にある「食彩 さきち屋」さん。

おふくろの味的な最高の惣菜屋さん!その場にあるおかずでお弁当も詰めてもらえます。とっても人気で夕方頃にはあっという間に売り切れてしまうらしい。わたしはなんとかギリギリ間に合い、お弁当を作ってもらうことができました。よかったー!竹田には他にも色々と美味しいお食事処があるみたいなので、次行く時はいろいろ食べ歩きたいなぁ。

さて、夕食をいただく前に、本日宿泊するお宿をどうぞ召し上がれ〜!!

たけた駅前ホステルcue

外観

あぁ、もう大好きすぎますよね・・・。※撮影時間はまちまちです

前から、斜め前から、斜め後ろから。どこから見ても美味しい

築80年以上の古民家を改装したホステル。ちゃんと古さを残しつつ改修していて、もう宿のご夫婦含めて大好きだった・・・。

正面の扉から入ると、お宿の方が経営しているパン屋さんとカフェあります。

かどぱん。いい感じに色褪せた藍色の暖簾

パン屋とカフェの奥が宿泊施設になっていて、正面からも入ることができますが、宿泊者専用の出入り口も建物側面にありました。

ガラガラガラーっと扉を開くと当時のままの豆タイルがお出迎え。らぶ!

1F

ショップ

中に上がるとまずショップスペースがあります。オリジナルデザインの手拭いや、古い食器なども売られていました。奥様が古物商の免許を持っているようで、建物のあちこちに古道具があるのもわたし好みで嬉しかった!

県外のいい雰囲気のドミトリーのパンフ等も色々あって気になった

姫だるまのメッセージカード

金魚鉢かわいい〜
中庭

建物の中央には小さな中庭があります。

丸窓
お風呂場・トイレ

お風呂はシャワーのみ。お風呂でゆっくり疲れを癒したいお方は温泉に行くのがオススメです。割引の温泉券もお宿で販売してるとのこと。トイレは2階になくて、1階に2箇所あります。窓には昔ながらのネジネジ鍵でした。

なんて書いてる?
リビングスペース

とっっっても落ち着く空間で大好きだった。まるでおばあちゃんちにいるような感覚。やっぱり畳にコタツ最高だよねぇ(えーっと、たぶん掘りごたつだったと思うけど・・・どうだったけ?忘却)。キッチンもあるので自炊することもできます。

こちらにも湧水のサービスがありました。うれしいね!

2F

2Fは宿泊スペースになっていて、ドミトリーや個室があります。

中庭を上から

雨が降っていなければベランダでのんびりできるスペースも

熊本でいう「くまもん」と同じくらいどこにでもいる「姫だるま」
部屋

今回わたしが泊まるのは「蒼」のお部屋(個室)。

 

めちゃくちゃおしゃれで素敵ーーー!!!

とっても気に入ってしまいました。

ただし、やはりこちらのお家も前日に泊まったお宿と同じく耳栓必須。騒音が苦手なお方は洗面所に置いてある耳栓(100円)を購入しましょう(わたしは旅の7つ道具として必ず持ってきている)。

夕食

室内での飲食は禁止されているため、お弁当は共用スペースでいただきます。

惣菜屋さんのお弁当

え、めちゃくちゃ美味しいじゃん・・・!!!こんなお弁当屋さん家の近くにほしいよ〜。

ごはんを食べていると、ちょうど他の宿泊者がチェックインしているところに遭遇。聞き耳を立てていると、ご主人が相手が求めるものに合わせて色々と案内していて、その引き出しの多さに感動。竹田観光のコンシェルジュだわ・・・!!ディープな観光案内を求める方はこちらに宿泊することをオススメします。

ウェルカムドリンク

宿泊者にはウェルカムドリンクを1杯(半分の量)いただけます。うれしいね!

かぼすハイボール。わたしは柑橘を求めていたんだ・・・(疲れにはクエン酸よ!)

話上手なご主人が気さくに話しかけてくれました。竹田についてとても詳しいからてっきり地元の方なのかと思ったら、なんと地域おこし協力隊で関東から移住してきたとのこと。あちこち旅するようになってから地域おこし協力隊の方に出会う機会がほんとに多い。みなさん立派な考えを持ってて尊敬します!

ネットにない竹田キリシタン情報を知っているのも、研究者がよく泊まりにくるからその時に情報をもらうそうです。めちゃくちゃいい環境ね!また竹田に遊びに行く際には、ここで聞き込みしたいと思います笑

Relay Diary

蒼い部屋へと戻り色々と明日の準備をすませ、最後にこの部屋にしか泊まった人しか書けない&読めない日記帳を取り出します。普段なら書かないけれど、今回はなんだか書きたい気分。感謝の気持ちをしたためます。

蒼の部屋の主だけが読めるノート

朝から夜までずーーーっとホームランを打っているような1日でした。耳栓越しに優しく音を立てる雨音を聞きながら、ゆるやかに眠りへと落ちていくのでありました。

【使用カメラ】digital:FUJIFILM X-T3、SIGMA dp3 quattro、iPhone SE2

⑧竹田キリシタンを巡る旅へとつづく▶︎▶︎▶︎

③竹田キリシタンを巡る旅【大庄屋屋敷で春を食す】

気づけば予定をすでに30分オーバー!

3、40分ほど余裕をもって予定を組んでいたけれど、えーっとつまり、もうギリギリ・・・?ってこと???

CONTENTS

爆走自転車、竹田をゆく

移動中に目移りして、あれもこれもと写真に収めたくなるからいけません・・・。

「後藤祐次郎先生碑」と書かれた石碑。検索しても何もわからず・・・

わたしには次向かう場所に遅れてはいけない理由がありました。なぜなら予約していたから!!ここから自転車で約1時間ほどの距離。なかなか遠いけど、時間ぴったりに到着する感じだからセーフかな??焦りながらもこの時はまだまだ余裕がありました。

なにやら雲行きがあやしい

もう立ち止まらず写真も撮らず!よそ見しないで向かうんだからね・・・っっっ。

と、言ってるそばから相変わらずの豆腐の意志。

両脇の手作りお地蔵さまかわゆい

何やら素敵な石橋が・・・!これは立ち止まらずにはいられないやつ。寄り道はきっとこれで最後だから・・・ね・・・?

通りたい・・・通りたい・・・・・

石橋と並行に架けられた新しい方の橋の上から撮影します。このまま進めばいいのだけれど、あの橋の上を通ってみたい・・・。そんな欲求に駆られ、どうせ進行方向が一緒なら・・・と、ちょっと遠回りして石橋へと向かいます。

「すみよしばし」と書かれています

1922(大正11)年竣工の住吉橋の下では、岩の間を水が勢いよく流れていて、思わずその様子をずっと眺めていたくなります。

真っ白な蛇のような水流

今はきっと渡る人も少ないであろう石橋を渡って大満足。再びペダルをこぎ始めるも・・・

真ん中の道を通りたい

再び豆腐(立ち止まって写真を撮るの意)。

だってだって、こんな景色に出会ったら立ち止まらずにはいられないでしょ・・・?

しめ縄がぐるり

背後の丘の上には神社のお社と思しき建物の影が見えました。さらに進むとやはり神社が。

実は神社よりもわたしの目に飛び込んできたのは・・・

!!!!!

ここここここれはーーーーー!!!

この不思議な形をした石。実は、今回の旅でとっても重要なものひとつだったりします。が、いかんせん今は時間がない!泣く泣くこの場を去ることに・・・。

去る、というのは嘘で、この神社の目の前にも最高に趣のある建物が建っており、懲りずに写真を撮りまくるのであった・・・。

大好き!大好きだよぉぉぉ

おまえたち、わたしを前に進ませない気かい・・・??

神社の前にあるということは、旅館だったりしたのかなぁ

血が流れそうなくらい後ろ髪を強く引っ張られながら、前へ、前へと進むのであります・・・

蔦に赤煉瓦の煙突!パーフェクト!!!

数々の誘惑に何度も負け続けながら走り続けます・・・

臨場感

え!もう自転車のバッテリーのランプが「空」になってるよ!!!

大ピンチ

ここで電動自転車がストップしたらもう街中に戻れる自信はありません。泣きながら自転車を押して坂を登る絶望的な姿が脳裏に浮かびました。嗚呼、まだまだ先は長いというのに・・・。

とりあえず猫に癒しを求めよう・・・(現実逃避)

お、おまえ・・・そんな顔で俺のこと見てたんか・・・??

まずは何が何でも予約してる場所へと辿り着かねばならぬ・・・!!!

現実に戻って再び自転車を走らせます。焦るあまり地図アプリを2度も見誤り同じ道を行ったり来たり・・・。

わたしはいったい今どこにいるの???

時計を見ると絶望的な「11時25分」の文字。予約した時間はその5分後でした・・・。

もう、もうだめだ・・・・・。

覚悟を決めて2〜30分ほど遅れることを電話で伝えます(人間失格)。もっと早く連絡すればよかったのに直前になってしまったのは、頑張れば間に合うと思ったからなんだ・・・(人間失格)。

連絡したことで多少は落ち着きを取り戻し、今度は地図を見間違えないように慎重に慎重に・・・。が、地図アプリに今は誰も通っていないような旧道を案内されるのであった。

落石注意だよぉぉぉーーーー

もう前に進むしかない・・・!!!

臨場感

するとここでまさかの史上最高のトラップ出現!!!

うぁぁぁぁーーーーーー

ま、まさかこんな素敵な光景が現れるなんて・・・(感動のあまり咽び泣き)

おーさまのみみはろばのみみーーーーーー

自然の穴なのか、それとも人の手によって掘られた穴なのだろうか。中には水が溜まっています。

水が湧いているような感じはしなかったけど、昔の人が水汲み場として利用していたとか?そして枯れてしまって使われなくなったとか??疑問がどんどん浮かんできます。

でも、ゆっくり思いを馳せる時間はわたしには残されていないんだ・・・。おそらくこの道を通るのは最初で最後。急いでたからどこをどう通ったのかぜんぜんわからない。記憶と数枚の写真に焼き付け、この場を去るのでありました。

思わぬものを見れた感動に打ち震えながら、荒れ果てた旧道を通り抜けます。

車が通った跡があるということは、まだここを利用する人がいるということか

それからは脇目をふらず目的地に向かって一直線!なぜならぽつぽつと降り始めていた雨が、だんだん本降りになってきたから・・・!!天気予報ではもっと遅い時間から降り出す予定だったのに・・・

もうすぐ、もうすぐ着くからがんばって・・・!!!

こういう古い素朴な石橋大好き

古びた石橋を通り抜け、ついに目的の地へと到着・・・!

Café Johane(慈世庵)

この先に素敵な場所が存在することを予感させる石垣と階段が待っていました。

階段を登った先に現れたのはCafé Johane(カフェ ジョアン)さん。

周囲をゆっくり観察する余裕もなく駆け足で玄関へ。約20分遅れて到着です。

玄関先の姫だるま

まずは出迎えてくれたおじさまに平謝り!うぅ、ほんとすみません・・・。今回のことで、次からは1時間余裕を持って工程を組もうと心に誓うのであった。人に迷惑かけない人間になれるよう頑張ります・・・(もうだいぶ大人ですが)。

さて、気を取り直しまして・・・。こちらが本日のランチ会場です。

そう、わたしは懐石ランチ(2,000円!)を予約していたのだ・・・!!

貧乏旅とはいいつつも、旅の中で1度くらいはは贅沢したい・・・。キリシタンを巡る旅だというのに、当の本人は本日も欲にまみれながら生きております。

では、さっそく七つの大罪のひとつである「暴食」を極めることといたしましょう・・・。全然関係ないけど大昔に1度だけ観たブラピの映画「セブン」が忘れられない。

贅沢!懐石ランチ

席に座ると次々にお皿が運ばれてきます。まずはこちらの三品から。きっとタイミングよく運ぶ段取りで作ってくれてたよね、ごめんなさい・・・。

お庭を眺めながらいただきます

がしかし、いつもならもうお腹が空いているはずなのに、自転車猛ダッシュ&焦りのせいかなんだかちょっと気持ち悪いような・・・??せっかくの贅沢懐石ランチを心ゆくまで楽しみたいのに・・・。無理せずゆっくり食べることにしよう・・・。

まずはお寿司をぱくり。

上に乗ってる黄色いのはなんだろう?

自家製甘酒もとっても美味しい。このやさしい甘酒で気持ちが落ち着いたのか、気持ち悪さが少しずつ消えていきます。

自家製甘酒

蓋を開けると・・・茶碗蒸し!大好物なのよーーーー!!!

お出汁がきいててとっても美味しかった

使われている食器もどれもとてもよかった。得に甘酒が入っているカップとソーサーは装飾も美しく、相当古いもののように感じました。なんでもお祖父様が集めたものとのこと。よい趣味してらっしゃる〜。

美しい器でいただく美味しい料理。とても豊かな気持ちになる

お次はこちらの三品。

アスパラとローストビーフ、フキとセリの白和え、筍の煮物

ほんとどれも美味しかった!どちらかというと今までは苦手だった白和えもフキとセリがいい香りでとても好きだったし、筍の煮物もやさしい味付けで体が喜んでいます。

そして一番感動したのは、春を感じるこちらの品々。

目の前に広がる春

吃驚したのが天ぷらの盛り合わせ。上にのっているのはツツジ・・・!!!

躑躅(つつじ)の漢字表記も好き

ツツジの天ぷらなんて初めて見たし初めて食べた。味は正直よくわからなかったけど(たぶん衣にしっかりと味がついていた?味音痴の分析)、その雅で可愛らしい食べ物に胸がキュンキュンしてしまいます。もちろん山菜と川魚、卵焼き(めずらしい)の天ぷらも美味。

ツクシとワラビの炊き込みご飯も大変美味しゅうございました。

山菜が美味しく感じるお年頃

実はつくし初めて食べたし、ネバネバして塩味のあるワラビも好きだった。付け合わせの甘い赤紫蘇のお漬物(もちろん自家製)も美味しかったよー。ボキャブラリーが貧困すぎて美味しいしか言えない・・・

これらの食材はほとんどこの辺りで採れたものとのこと。どの料理も手間をかけて丁寧に作っていることが感じられて、お腹だけではなく心も満たされるようでした。

実はもうお腹いっぱい!美味しいのに胃袋がついていかない悲しみ・・・。胃袋が悲鳴をあげている中、一番最後に出てきたのが・・・

豆乳のおしるこ!!!!!

大粒の立派な小豆がこんにちはしているよ

何を隠そう小さい頃からわたしは根っからの小豆ぎらい・・・。小学校の給食でおしるこが出てきた時には食べることができず最後まで居残ってた記憶。

まさか最高のお食事の最後に、このような試練が待っていようとは。嗚呼、神様。これは遅刻したわたしへの罰ですか・・・?

もちろんせっかくのお料理を残すことなどできません。

飲み込むしかない・・・

意を決してまずはひとすくいおそるおそる口の中に運びます。あれ?あれあれ・・・??わたし・・・小豆食べれるようになってる!??思ったよりもぜんぜん平気で、満腹になりながらも完食してしまいました。よかったー!

さて、1度に2度も3度も美味しいものを求めがちな貪欲なわたくし。こちらを訪れたのは贅沢ランチをいただくためだけではなく、実はもうひとつ大事な理由がありました。

大庄屋(おおじょうや) 大津家

カフェを営むのは、大庄屋(昔の町長、市長の役割)であった大津家十六代目のご当主。現在のお屋敷は、1653年に岡藩3代目中川久清が建てた約370年もの長い歴史をもつ建物です。

室内に飾られていた昔のお屋敷の写真。当時は茅葺き屋根だったんだね

今回の旅の目的は「キリシタン」。そう、なんとこちらのご主人の祖先はキリシタンだったというのです。その信仰心は、大津家の立派なキリシタン墓や、十字があしらわれた家紋にも表されています。十字家紋はお屋敷の屋根瓦にもあるのですが、確認するのを忘れてしまいましたよね・・・。

ご主人にキリシタンに興味があって訪れたことを伝えると、いくつか資料や古写真を取り出して見せてくださいました。ありがたや・・・。

以下の資料は禁教下の1620年度の日本年報(布教のため来日したイエズス会士によって毎年作成された報告書)。そこには禁教下で宣教師を宿泊させた庄屋、ジョアン・ディエゴ(洗礼名)について書かれています。

見せてもらった資料の一部。ブレてる・・・

「Café Johane(カフェ ジョアン)」は、その庄屋というのが大津家であったのではないか・・・という思いからつけられたそうです。

いろいろな興味深いお話を伺いながら、ふと外を見るといつの間にか雨は止んでいました。市街地へ戻るチャンスは今しかありません。ゆっくりとお話を伺いたいところですが、そろそろお暇することに・・・。

四国八十八箇所巡りもできる

ちなみにジョアンさんでは、四国八十八箇所を一度に巡ることができます。

たくさん敷き詰められた小石の上には木の板が

壁にはたくさんの掛け軸が掛けられています。そしてその部屋の一角にあるのが一枚の木の板。下には各寺院の石が敷き詰められているそうです。つまりこの上を歩けば八十八ヶ所のお寺さんを巡ったことになるという!なんともお手軽な仕組み!!

めんどくさがりのわたしにぴったり

しかしわたくし、なんと歩きそびれてしまいました・・・。また再訪しなさいということなのでしょうね・・・。

お見送りしてくれるご夫婦に別れを告げて外にでます。

豊かな自然に囲まれたお屋敷

カマボコ石

敷地内の階段を少し登り、庄屋屋敷を眺めてから何気なく下に目を向けると・・・

こ、ここここここれは!

カマボコ石・・・!!!

カマボコ石とは竹田市内にある岡城跡の入口にもみられる、その名の通りカマボコ型の石。岡城はまるでヨーロッパの古城のようといわれることも多く、このカマボコ石はヨーロッパのクリスチャンの墓石と酷似していることからキリシタンに関係しているのではないかとも言われています。

つい先日、NHKの番組「歴史探偵」の島原の乱の特集で、このカマボコ石型のキリシタン墓碑が紹介されていました

ジョアンさんに向かう途中の神社にもありましたね・・・。

え?もしかしてほんとにキリシタン墓碑だったりする?

どうやら岡城だけでなく、竹田市内のあちこちに存在しているのかも・・・。こちらの神社にもぜひ再訪してお参りしたいです。

大津家のキリシタン洞窟

カマボコ石だけではなく、なんと敷地内にはキリシタン(外国人宣教師であったのではないかとも)を匿っていたといわれる洞窟も残されています。

洞窟は三つ

江戸時代初期に作られたという三つの洞窟のうち、一番右のほぼ五角形の洞窟内には祭壇のようなものがあります。

祭壇らしきもの

向かって一番左端の洞窟は汲み取り色のトイレとのこと。ほんとにここに人が住んでいたんだね・・・!?

 

庄屋といえば藩主の宿泊所でもあり、当時キリシタンの踏み絵も行われた場所。そのような危険な場所にキリシタン洞窟があることも、藩ぐるみでキリシタンを匿ったのではないかといわれる理由のひとつになっているようです。

ここからそう遠くない場所(歩いて20分くらいとおっしゃていた)にも、五角形に彫られたキリシタン礼拝堂が残されています。キリシタンへの弾圧が強くなるにつれ、もっと奥へと移動することになったとのこと。そこにも行きたかったけど、今回は雨の心配もあったので深追いせず・・・。

階段を登った左奥がキリシタン洞窟、右へ曲がるとお屋敷があります

ジョアンさん、とてもよかった!色々と取りこぼしたものがあるので再訪を心に誓うのでありました。また美味しい懐石料理も食べたいな。

■Café Johane(慈世庵)

 〒878-0001 大分県竹田市植木728 食事処おおつ (竹田ICから2分) 

TEL:0974-62-3914 営業時間:10:00 ~ 15:30 休業日:月、火

【使用カメラ】digital:FUJIFILM X-T3、SIGMA dp3 quattro、iPhone SE2

④竹田キリシタンを巡る旅へとつづく▶︎▶︎▶︎