彷徨する旅のアーカイブ

旅先や日常で出会った「非日常」の記録

【前編】真夏の田園ラプソディ!市来の七夕踊

鹿児島県いちき串木野市の大里地区で400年以上も続く「市来の七夕踊」。巨大な張り子の動物たちが暴れ回り、美しい装飾の花笠を揺らしながら踊る太鼓踊り、琉球王行列や大名行列等、総勢数百人規模でおこなわれる賑やかな真夏のお祭りです。

張り子の虎

CONTENTS

はじめに

わたしと七夕踊の最初の出会いは、お祭りを写した白黒写真からでした。巨大な張り子の虎が暴れ回る様子が写されていて「なんだこのお祭りは・・・!!」と、衝撃を受けたのが始まり。実際にその虎に会ってみたい・・・そんな思いが募り、初めて訪れたのが今から10年前(!)の2013年夏でした。

場所もよく分からず、車を止める場所にも手間取りながら、ようやく近くと思われる場所に到着すると、田園の隅にはカメラを構えポジションを確保しているおじおばさまがいました。

未来のわたし

もしかして何かがこっちにやってくる・・・???

・・・!!!

!!!!!

目の前に現れたのは巨大な鹿・・・!!

夏の日差しを浴びて青々と輝く田園に囲まれた一本道を張り子の鹿が練り歩くそのシュールで牧歌的な光景に一瞬で心を奪われます。この後にもさまざまな素晴らしい光景がわたしの前に現れ、夏の猛烈な暑さと共に鮮烈にわたしの心に刻まれたのでした。

この体験がとんでもなく楽しすぎて「毎年ぜったい行くぞ!!」そう強く思ったはずなのに・・・1年、2年とあっという間に時は過ぎ、次に訪れたのはなんと6年後の2019年でした。

そしてこの年に重大な事実を知ることになります。

「来年の2020年で市来の七夕踊りは休止」

高齢化や過疎化により今までの規模で行うことが難しくなったことが理由。もちろんわたしは大ショック!!!大大大好きな七夕踊が見れなくなる日がくるなんて・・・。これまで何度もチャンスがあったのに行かなかったことを激しく後悔しました。「休止」という言葉にわずかながら希望を持たずにはおられません・・・。

「ラスト奉納の来年は必ず行くぞ!!!」(今度は本気だ!)そう心に誓ったのに、ご存知の通りコロナ・パンデミック襲来・・・。もちろん七夕踊の最後の奉納も延期を余儀なくされ(このままフェードアウトしないかヒヤヒヤしてた)、実際に開催されたのは疫病との共存を模索し始めた2022年のことでした。

前編では2013年と2019年に訪れたコロナ禍前の完全版「市来の七夕踊」の写真をもとに、お祭りの由来や構成等を紹介。後編は去年奉納された最後の七夕踊を旅行記として綴りたいと思います。

今年からは完全な形で見ることができないお祭りではありますが、ブログを読んでまるで七夕踊を実際に体験したかのように感じてもらえると嬉しいです。

市来の七夕踊の由来

市来の七夕踊の歴史は、豊富秀吉の時代まで遡ります。秀吉の朝鮮出兵の際に大活躍した島津兵たち。当時島津藩の直轄地であった市来ではその活躍をことのほか喜び、当時の人々は思い思いに趣向を凝らした郷土色豊かな踊りを創案。祝賀会場で踊ったのがその始まりと言われています。

青空を泳ぐのぼり旗ときらきら煌めく七夕飾りが眩しい

その様子が島津藩主の耳に入り大変喜ばれ、以来この踊りに島津家の家紋である丸十の使用が許されます。現在でも七夕踊で使用される道具や衣装等に丸十を見ることができます(上の写真ののぼり旗にもあるね!)。

その後、金鐘寺の住職と地頭の床濤到住(とこなみとうじゅう)の2人が協力して田んぼの開拓を行い、1684(天和4)年に完成。その祝賀会の余興として大々的に踊られ、以来豊作祈願や神への感謝を込めて毎年踊り続けられ現在に至っています。

堀之内庭(朝)

お盆前の一番暑い時期に朝から晩まで集落のあちこちで奉納される七夕踊。一番最初に奉納されるのは「堀之内庭」と呼ばれる場所で、敷地内には開田者のひとりである地頭の床濤到住の碑があります。

床濤到住の碑

碑を囲む煉瓦にも島津家紋の丸十

七夕踊の日は毎年旧暦の7月7日でしたが、時代の移り変わりと共に1972(昭和47)年からは8月7日に近い日曜日に開催。七夕の日の踊りとはいえ、到住の霊を慰めるために行なわれるとの伝承や、張り子たちも動物の精霊を示すものと考えられ、亡き霊を供養する盆行事の前祭りの性格もうかがわれるそうです。

堀之内庭の片隅で出番を待つ張り子の動物たち

8時30分頃。堀之内庭で最初の太鼓踊りが奉納されます。

踊り手さんたちを団扇で仰ぐのも昔から変わらない光景

見た目も動きも派手な虎の張り子をはじめとする賑やかな動物たちに目を奪われがちですが(わたしのことですね・・・)、七夕踊の主役はこの太鼓踊り。その姿を実際に目にして大好きになりました。

ここでの奉納を終えると皆様ぞろぞろと移動し始めます。

とんがり帽は琉球王行列

窓が切り取る田園が美しい

ある民家では日の丸旗が掲げられていました

なぜか泣きたくなる風景

鶴岡八幡宮(金鐘寺)

後をついていくと、堀之内庭から歩いて数分の場所にある鶴岡八幡宮(金鐘寺)へと辿り着きます。

ぞろぞろぞろ

ごつごつした味のある階段の先には小さな空間が広がっていました。

中央には七夕踊の提灯。このようなこじんまりとした地元の神社が大好きです

神社の片隅では、太鼓踊りの人たちが被る美しい花笠がまるで風鈴のようにゆらゆら揺れています。

美しい

金の丸十や、籠目(魔除けの意味だろうか?)、ぐるっと周りを囲う日の丸旗、太陽や山等の様々なシンボルも気になります。わたしはこの花笠がとっても美しくて大好き・・・!!!

色とりどりの色紙で華やかに彩られた花笠

いつもは人気がなくひっそりとしているであろう神社に続々と人が集まってきました。

子供たちはカメラマンたちにとって最高の被写体

そうこうしていると琉球王行列をはじめとする行列物が円を描きながらぐるぐる踊り始めます。これには中心で踊る太鼓踊りを守り、見物人などをあまり近寄せないように整備する意味があるそうです。

琉球王行列。ラッパの音がなんだかおまぬけで可愛くて大好きなんだよー

太鼓踊り

みんなが見守る中、輪の中心で太鼓踊りが始まりました。

鹿児島は太鼓踊りの宝庫と言われていて、中には戦での武士を鼓舞するかのような躍動感のある踊りも多く見られますが、七夕踊の太鼓踊りは哀調ただよう踊り。それは念仏踊りの流れを組んでいるからだそうです。

木漏れ日が地面に模様をつくる

大里地区に生まれた男性は必ず生涯に一度はヤッサ(役者)と呼ばれる太鼓踊りを務めないといけない決まりがあるらしい。ヤッサの中でも一番踊りと歌のうまい人が「一番ドン」(踊り全体のリーダー)で、その補佐的な役割をするのが「二番ドン」。これらに選ばれるのが最も名誉なことなのだとか。

改めてよーく花笠を見てみると、一番上の丸十部分の片側に「頭」と書かれているものがありました。おそらくこれを被っている人が「一番ドン」。

見れば見るほど美しい花笠

他の花笠も丸十の色が金や銀だったり、中が赤に塗られていたりと微妙にデザインが異なっていることに気付きます。それぞれ意味があるのだろうか?気になる・・・。

ちょっと待って。右の花笠、通常では松や山、鳥居等が描かれてる絵の部分がアニメのイラストなんですけど・・・!(伝統的な絵じゃなくてもいいんだ!?)

一番ドンにはソロパートもあります。カッコいい!!!こりゃ憧れちゃうね〜。

2013年の一番ドン

2019年の一番ドン

太鼓踊りに花を添えるカネウチの子供たちの花笠も魅力的。大人たちにはない色とりどりの紙の飾りがひらひらとたなびき、その愛らしさに磨きをかけています。

暑い中がんばってる!

張り子の動物たちにを目的に訪れた七夕踊でしたが、実際に太鼓踊りを目にして大好きになってしまいました。特に神社の境内で見る太鼓踊りが好き。

風にゆれる花笠の飾りと色とりどりな境内の七夕飾り

門前河原

神社での奉納が終わります。地元の人でなければここで路頭に迷うこと必至!車でなければちょっとした距離を歩くことになります。

早くあの場所に飛んでいきたい!!!

次の踊り場である門前河原に到着した頃には、すでに虎や牛たちの張り子は大暴れ!琉球王行列や大名行列等も勢揃いして大賑わいです。午前中、ここで最初のクライマックスを迎えます。

飛んでいきたいぃぃぃ!!!

行列の構成

ツクイモン(作り物)

七夕踊を一層賑やかなものにしているのが「ツクイモン(作り物)」と呼ばれる巨大な動物の張り子たち。鹿、虎、牛、鶴の4種類あり、それぞれ作る部落が決まっています。

・鹿

まず行列の先頭を切るのはシャープなお顔立ちの鹿。わたしがファースト七夕踊にコンタクトした時に一番最初に見た動物ですね!張り子の中に入って操る人たちの他に鹿捕りの狩人が数人いて、暴れる動物たちと愉快な寸劇が繰り広げられます。

鹿捕りピンチ・・・!!!

・虎

次に続くのが、わたしが七夕踊に行きたいと思うきっかけとなった虎。

「虎がくっどーーーーー!!!」

この叫び声と共に繰り広げられる七夕踊の目玉のひとつともいえる野外劇。秀吉の朝鮮の役での虎狩りがモチーフになっています。虎の姿もとっても凶暴で愛くるしいのですが、この虎と虎捕りおっちゃんとのやりとりが最高に楽しいのです・・・!!!

虎と槍一本で戦います

もう・・・っっっ最高に大好きです!!!

桶に入った焼酎をぐびぐび飲みながら演じるのがこれまたいいんだよね。

左で焼酎飲んでる虎撮りのおっちゃん

なんとこのおっちゃん、驚くことに18歳の時から約60年もの間ずっと虎捕りをしてたんだって・・・!!

若者の誰よりも動きまわる虎捕りのおっちゃん

おっちゃんの生き甲斐ともいえる虎捕りをもう演じることができないだなんて・・・。代わりにわたしが泣いちゃうよ・・・。

・牛

虎の後には目がくりくり可愛らしいお牛が続きます。

動きもとってもユーモラス!牛使(うしつけ)の合図で、巨大な牛はお尻をぐいっと空高く跳ね上げます(すごい!!)。これを「牛が飛ぶ」という言うそうです。素敵!!!

持ち上げているところを後ろから

先ほどの堀之内庭にはちびっこ牛使いもいました!かわいい〜。

2019年撮影

・鶴

ツクイモンの最後は鶴。こちらは暴れん坊の虎や牛などとは違い(鹿もちょっとおとなしい印象)、喧騒などどこ吹く風とっいったようにのんびりゆるやかに動きます。他の張り子は数人で動かしていましたが、こちらはひとり。鶴の前には餌撒きがいて、稲の籾殻をこんもり盛った桶を肩で天秤のように支え、周囲に巻きながら鶴を誘導します。

餌の籾殻

足の動きが面白い

こちらにも可愛いちびっこ鶴がいました!!

2013年撮影

4体の動物の張り子たちがじゃらじゃら体にまとっている茶色の植物は、山から採ってきて天日干ししたガラメ(山ブドウ)。例えようのない香ばしい薫りがするそうですが、わたしは嗅ぎそびれてしまいました・・・。

こちらはお尻ふりふり鶴のガラメ

これら愉快なツクイモンの後に、琉球王行列(琉球王が島津義弘の戦勝を祝って貢物を持って薩摩を訪れたことに由来)や、大名行列、薙刀行列が続きます。薙刀行列は太鼓打ちのヤッサ(役者)の前と後ろにつき、その露払い、後払いの役をするそうです。

払い山

午前中に1度目のフィナーレを迎え昼食を挟んだ後、16時頃から「払い山」と呼ばれる踊り場で奉納が行われます。

払い山

ぽんかんの看板の下にも色褪せた虎いた!

開始時刻前、払い山へと向かう田園に囲まれた道を歩いていると、おじさまたちが大きな牛の体の影に身を隠し休んでいました。

わたしもお牛の体に守られたい…

時間が近づくにつれ、人々や動物たちが集まってきます。

胸が苦しくなるほど美しい日本の原風景を垣間見る

この田園風景から再びお祭りがスタート!

鹿と鹿捕り

めちゃ愛くるしい密生した鼻毛

虎の写真が他より多くてすんません・・・好きがあふれてシャッターが止まらなかったんだ

牛が飛んだ!!!

稲穂をくわえた優雅な鶴

行列も続きます

田園にかこまれた道を抜け、舞台は払い山の踊り場へ。

大名行列の馬簾振り(バリンフリ)。おいちゃんが持つ傘の骨みたいな道具(見えにくい・・・)をピョーンと飛ばしてもうひとりが受けとるのですが、操るのが最も難しいらしい。

だんだん夏の夕方のやわらかくて少しせつない飴色の光に・・・

ツクイモンや行列がすべて揃うのはこの踊り場が最後。まるで大団円といったような雰囲気に包まれます。

円の中心には太鼓踊り

払い山での奉納が終わり、ツクイモンの動物たちも次々にトラックに積まれ運ばれていきます。役目を終えた子たちはどうなるのかしら・・・。

まさしくドナドナ

堀之内庭(夜)

2013年時は払い山での奉納後に帰宅したのですが、2019年のわたしは最初から最後までみっちり七夕踊を満喫するつもりで臨んでいたのだ・・・!!!

そして、夜

日も沈み、真っ暗になった19時頃に再び堀之内庭へ。

長い1日が終わろうとしています

2019年の七夕踊、最後の奉納が始まりました。

夜になるとよりお盆の前祭りの雰囲気をより感じます

朝から晩まで駆け抜けた市来の七夕踊はこれで終わり。田んぼを開田した床濤到住の碑があるこの場所で始まり、再び同じ場所で終わるのですね。いかにここが大切な場所で、太鼓踊りがこのお祭りの要であることがわかります。

ぼっちゃん、遅くまでご苦労さまでした!

最後に

コロナ禍前のなんの縛りのない賑やかで最高に楽しい七夕踊。2019年に訪れた時点では、これが最後の七夕踊(完全版)になるとは思ってもみませんでした。2020年、世界的なコロナ蔓延により休止前の最後の七夕踊は延期に。2019年の奉納から3年後の2022年、規模を縮小し最後の七夕踊が行われました。

わたしが民俗芸能巡りに目覚めるきっかけとなった思い入れのある特別なお祭り。次回はその最後の七夕踊の様子を旅行記として綴りたいと思います。最後まで読んでいただけると嬉しいです。

■参考文献・サイト

・『市来町郷土史』(市来町郷土史編集委員会 編)

・『速報七夕踊』(七夕踊保存会 発行)

・七夕踊で偶然出会ったおじさまにもらった資料(新聞記事の切り抜き等)

市来の七夕踊 文化遺産オンライン

【使用カメラ】digital:FUJIFILM X-T10、オールドレンズ、iPhone、film:LOMO LC-A

真夏の田園ラプソディ!市来の七夕踊【後編】につづく▼▼▼