彷徨する旅のアーカイブ

旅先や日常で出会った「非日常」の記録

生まれて初めての同人誌を作ろうと3ヶ月間悪戦苦闘してついに発売に至った話

みなさまお久しぶりです。3ヶ月ほどご無沙汰しておりました。これには理由があるのです・・・。

ことの始まりはGW目前の4月の終わり。ひょんなことがきっかけで、むくむくとある気持ちが沸き起こってきました・・・。

本を!本を作りたい・・・!!!

はい、それから3ヶ月。生まれて初めての「同人誌」作りに没頭していたというわけです。カクカクジカジカで一言では説明できない様々なことがあり(あとで順を追って説明しますので興味のある方は最後までお付き合いくださいませ)、結果から申しますと7月21(日)についに本が到着・・・!!!!!

日曜日に届いたばかりのほやほや

そんなわけで、7月21日(日)の夜、BOOTHにて販売スタート!!!(現在売り切れ中)

こんな予告画像作ってSNSで宣伝してました

選んだ題材は「悪石島のボゼ」。2022年の夏、ボゼに会いに行くために初めての島ソロキャンプに挑戦した思い出深いひとり旅です。ブログでは公開済みの旅行記ですが、今回のために文章はすべて書き下ろしました。巻末にはボゼ解説や悪石島MAPなども掲載。旅行記としてだけでなく、ちょっとした観光案内本、民俗本、写真集としても楽しめるのかな・・・?(まだ客観的に見れない)

『彷徨記Ⅰ  悪石島のボゼ』

A5判、84頁、フルカラー(モノクロフィルム使用により一部モノクロあり)
◎以下はサンプルページ

購入していただいた皆さまにはなんと!ボゼシールをプレゼント!!!

旅で撮影したボゼをくりくり抜き抜き

BOOTHで用意していたのは30部。なんと、ありがたいことに販売を開始してから3日後には売り切れてしまいました・・・。10部ですら危ういと思っていたのでホッとしております。ご購入してくださった方々や、RP等で宣伝に協力してくださった方々のお陰です。本当にありがとうございます。感謝の気持ちと同時に、ガッカリされないか恐怖でぷるぷると震えております・・・。

ブログで宣伝する前に売り切れてしまったので、7月27日の夜にでも3冊ほど追加しようと思っています。

ありがたいことに、福岡は馬屋谷のLUMO&BOOKSさんでも、先週の日曜日からお取り扱いしていただいています!(現時点で残り9冊。もちろんボゼシール付き)。金土日の営業ですのでお近くの方はぜひ。

イメージ写真を勝手に撮る

さて、ここからが本題。本作りに没頭していた3ヶ月に渡るあれやこれやを書き綴ってまいります。これから同人誌を作ってみたいという方には良い反面教師になるかと…。どうぞ笑いながら見てやってください。では、さろめり劇場のはじまりはじまり〜。

CONTENTS

4月末日、急に本を作りたい気持ちが燃え上がる

みなさま、「同人誌」という言葉を聞いて何を思い浮かべますか?わたしは今までアニメや漫画の二次創作のことだと思っていました。ニュースでコミケの様子流れたりするもんね。実はそれだけじゃないということを知ったのがここ数年の話だったりする。SNSで旅アカや建築アカさんたちを多くフォローするようになってから、写真集や旅行記、建築を紹介したものなど様々なジャンルの同人誌があるということを知ったのです。

今はオンデマンド印刷という版を作らなくても安くてそこそこ品質もいい印刷物を小部数作れる時代。皆さまが同人誌(「薄い本」と呼ぶことも初めて知った)を意外にも多く作っていることを知り、「あれ?もしかして本を作るコトってそんなにハードル高くないのかも・・・?」。そう思わせてくれました。だからといって、すぐに作ろうとかそんなことまったく思っていなくて、もしかしたらいつか作るかもしれないなぁ・・・というぼんやりとしたものでした。

それが、ちょっとしたことがきっかけで4月末に急上昇!!!

「いっちょ作ったろうやないかーーーい!!!」

そう思い至ったのでございます。

1.ページ構成を考える

いざ本を作ろうと思った時に、一番最初に頭に浮かんだのが「悪石島のボゼ」でした。わたしの人生史上一番過酷で最高に楽しかった悪石島でのひとり旅。これなら書ける。そう思ったのです。

まずはページ構成を考えることから始めました。数年前にすでに悪石島のボゼの旅ブログは書いていたので、それを見ながら構成を組み立て、さらに分かりやすくなるようにページを入れ替え、ついにサムネイルが完成。実はとっても簡単な作業でした。

手描きのサムネイル

何にも考えないで書きたいことを加えていったら、全部で84頁になりました(4の倍数になるように帳尻を合わせたのですが、製本が中綴じじゃなくて無線綴じの場合はその必要なかったのね・・・今知った)。

2.写真のレイアウト

データは比較的使い慣れているillustratorで作ることにしました(InDesign使った方が楽とは思いつつ)。好きな写真は全放出が基本なわたくしのブログなもので、必然的に公開済みの写真を使って構成することになります。新鮮味はないけど仕方がない・・・。写真を配置していくのも簡単でとても楽しかった!楽しかったんです!!この時までは・・・。

3.文章を書く

ブログは公開済みではあるものの、本ではくだけた「ですます」調ではなく、「だ・である調」で書くことに決め、ブログの文章をコピペするのではなく、一から全て書き下ろすことにしました。 これがぜんぜん書けない・・・。書けないのでございます。己の文才のなさに打ちひしがれる日々 ・・・。それでもなんとか文章を絞り出し、全ページ分を書き終えたのが5月末。それから何度も何度も読み返して校正を重ね、もう何が正解のわからないまま自分の中でGOサインを出し、入稿データとして仕上がったのは6月9日(ロックの日)でした。(奥付けに6月9日と入れたくてこの日に無理矢理校了したという噂も・・・)

ペンネームもね、悩んだのよ。新しく作ろうかなって。でも、しっくりこなくて。結局SNSで昔から使ってるsalomeryになりました・・・。当時、もっとちゃんと考えてつけてればよかったなぁ(ちなみにビアズリーの絵のサロメからきています)

4.印刷所、紙、部数を決める

どこで印刷するのがいいんだろう?周りに同人誌作っている人がまったくいないため、とりあえず仕事で使ったことがあったラスクルを見てみると、初回1冊無料で無線綴じが作れるではありませんか・・・!これを使わない手はありません。9日に入稿して翌日出荷されるという最速っぷり・・・(驚愕)。しかし届いたものを確認してみると、うーん、なんだか安っぽい・・・なんでだろう・・・。紙は表紙も本文もマットで、厚みは表紙が135kg、本文を110kgにしていました。

自分だけの力ではもう限界・・・というわけで、福岡の古書店LUMO&BOOKSさんに相談しに行くことにします。店主お2人はイラストレーターとグラフィックデザイナーなので、きっと紙ものに詳しいだろうと思いまして・・・(甘えてすんません)。

紙サンプルも取り出して一緒に選んでくれました。ありがたや・・・

「色が沈む」と言われたけれど、安っぽいのが嫌で表紙には「ヴァンヌーボ VG スノーホワイト130kg」を選び、本文は厚さを90kgに落とすことにしました。そして印刷所には、株式会社グラフィックを選ぶことに。色が綺麗とのことだったので。

それにわたしが好きな本『 村を守る不思議な神様』もグラフィックで印刷されていたのでこれはもう間違いない!わたしも奥付けにグラフィックって書きたい・・!!というミーハー心で、ちょっと他の簡易印刷所よりお高めの金額だけれどグラフィックで印刷することに決めました。紙の種類も選べるのでね。

さて、印刷所も決まり、あとは印刷するのみです。最初は自分のためだけの1冊を作ろうと思っていました。だんだん形になるにつれて、誰かに見てほしいという欲が出てきて、10冊、いや20冊刷ろうかなぁという気持ちに。そのことをLUMOさんに伝えると「少ない!100部!!!」と言われ「無理無理無理無理!!お金ない!!!!!」という押し問答。同人誌は薄い本なのに印刷部数が少ないため、どうしても高くなってしまいます。多く刷れば刷るほど単価が安くなるのですが、先立つものがない。大量に売れ残って印刷費も回収できずに赤になるのも避けたい。・・・というわけで、結局在庫が残っても自分的にギリギリセーフな30部印刷することに。SNSやブログで鳴かず飛ばずな無名のわたしの本を一体誰が買ってくれるというの!??そんな不安を胸に抱きつつ、清水の舞台から飛び降りたのでした。

5.入稿

6月16日。ついに印刷会社に入稿!同人誌を作ろうと思い立ってから早1ヶ月半。3度の飯より眠ることが大好きなわたくし。毎日平均睡眠8時間は確保したいのに、この期間毎日遅くまでパソコンと睨めっこ。食事もろくなものも食べておらず、人間やめた状態になっていました・・・。でも、やっと、やっと人としての生活に戻れる・・・。そんな風に思っていました・・・。

入稿したはいいけれど、最終的な仕上がりの確認ができないシステム。仕上がりが不安!超不安!!レイアウトの崩れやページネーションの不備があったりしないのかしら・・・。一番長い製作日数で注文したので(その分安い)、待っている間はまるで裁判の判決を待っている囚人のような気分・・・。来月から旅も控えているのに他のことは何にも手がつかず、本のことばかり考えていました。

6.シールや名刺作りとBOOTHの準備

わたしは形から入るタイプ。やるならとことん!本が届くのを待っている間、BOOTHという同人誌を作っている人がよく販売しているサイトをよくわからないまま準備したり、ボゼのシールを作ったり、必要のない名刺を作ったりもしました。あとは梱包材の準備も忘れずに!

シールはラクスルで製作

名刺は「名刺21」で製作。なんと初回100枚無料!ほんとは箔押ししたかったけど対象外だったのでまたいつか・・・

7.販促計画

30部も印刷するのだから販促計画を立てねば!!!そう思い立って、発売予定日の1週間前から毎日一回ずつ宣伝するための文章と画像を用意。準備万端で納品される日を今か今かと待っていました。

当初は6月29日発売予定で、こんなのを数枚作って準備してたのですよ・・・

ついに納品!そして地獄の日々が待っていた・・・

グラフィックさん、早く印刷が終わったら早く納品してくれるのね!思ったよりも早く出荷され、翌日の6月24日。ついに届くという日の昼に、わたしはある重大なことに気付いてしまったのです・・・。

どこにも許可とってねぇぞ・・・

そう、驚くべきことに好き勝手作るだけ作って、どこにも掲載許可をもらっていなかったのです・・・(サーーーっと青ざめるわたくし)。著作権、肖像権などというものがとてつもなく厳しい現代。同人誌を作るということに一直線で没頭していたせいか、掲載許可を取るということが頭からスコーンと抜け落ちてしまっていたよ・・・。

夜、グラフィックから本が納品されます。ワクワクしながら待っていたはずなのに、今は許可取りのことで頭がいっぱい!届いてからすぐ宣伝しまくる予定だったけどもちろん無理!!

30冊

仕上がりについてはほぼ問題は無かったのですが、表紙に選んだヴァンヌーボ・・・色が沈んでしまったよ・・・(LUMOさんで言われた通りだ!)鮮やかなのを抑えたくてあえて選んだのですが、思ったような沈み方じゃなくてなんだか白っぽくてねむいような・・・。実際に印刷してみないとわからないものですね・・・。紙ってむずかしい。ただ、本文はアドバイス通り110kgから90kgに落としたことで良い感じになっていました(その分厚みが減るからますます「薄い本」になってしまうんだけどね!)。

しかし問題は許可取りです。なんで納品された当日に気付いてしまったんだろう・・・。いや、配布する前に気付いてよかったと思うべきか。でも、印刷する前に気付いてほしかったよぼかぁ・・・。何事もなくすべてOKが出てこのまま発売できることを祈りながら眠りにつくのであった・・・。

暗黒の15日間、そして本の刷り直し

翌日、慌てて思いつく限りの場所に連絡しまくって許可取りするという地獄のような日々。何を隠そうわたしは人見知りで大の電話ぎらい・・・。初日から掲載許可は出たものの間違った情報を掲載していることが判明。もう心はぺしゃぺしゃのぺしゃんこです・・・。諦めようと思ったりしたかもしれませんが(今はもう忘れてしまった)、そんな時に「頑張ろう」と思い直すきっかけがあったりもして・・・。とりあえずやれるところまでやることにしました。

間違っている部分や掲載できないものはシールで隠すなり、正誤表を差し込む等の方法もあったとは思います。でも、もしかしたらこれが最初で最後の作品になるかもしれない。それなら完璧な状態で世に出したい!そう思って、諭吉 (もう諭吉ではないのね。まだ出会えてないけど )をドブにブシャーーーっと捨てることを決意・・・。

はい、わたくし、刷り直します!!!

10箇所ほど連絡したでしょうか。すべての許可取りを終え(許可がすぐにおりないことが分かり掲載をやめた写真もあります)、再入稿できたのが7月11日。気が大きくなって50部印刷することに(ちょうどボーナスが入ったんじゃあ)。

当初の計画では6月末から販売を開始し、7月から始まるボゼツアーの募集も勝手に絡めて宣伝するという販促計画を立てていましたが、募集期間もすっかり過ぎ去り、その計画もすべておじゃんに・・・(自分のせい)。実は入稿の翌日から久しぶりの本格的な旅に出る(2月の山形以来)というギリギリセーフっぷりでした。いやはやしかし、旅の前に解決できてほんとよかった・・・!!!

約3ヶ月もの時を経て、ついに完成!

7月12日の夜から16日までの旅から帰ってきて(ブログにまた書きますね)、販促計画を練り直し、やっとやーーーっと届いたのが先週の日曜日の朝でした。

各印刷所による仕上がりの違い

今回、ラスクル(お試し)とグラフィック(本ちゃん)の2社で印刷。同じ印刷所でも紙を変えたりしたので見比べることができるという利点も・・・!!!(高い色校正代だなぁおい・・・・)

写真だけだとよくわかりませんが、紙の厚みや質感、色が3つとも違います

紙や印刷所で色味の仕上がりが違うし、なんなら同じ印刷所でも色味が違うんだよね・・・。これがオンデマンドの限界なのか。グラフィックの色味は1回目の方がもっと鮮やかでよかったなぁ。ただし、表紙はヴァンヌーボではなく、マットコートでやっぱり正解でした。

にっくきトーンジャンプ!

今回とても悩んだのが、おそらく原因がトーンジャンプというものでした。オンデマンド印刷はグラデの表現が苦手のようで、例えば満月の輝きのグラデーションでその違いが顕著に現れました!お試し印刷のラスクルが実は一番グラデが綺麗に出ていました・・・。 

満月のグラデーションの表現の違い。解りにくいでしょうけども

全体的な色はグラフィックが綺麗だけど、薄いグラデや、モノクロではラスクルの方が好みの仕上がりで、金額が高いからと言って100%優れているというわけではなく、一長一短なんだなぁと思いました。グラフィックの1回目と2回目の印刷の違いにも驚いた。1回目のグラデがひどかったので、トーンジャンプを軽減させる方法を調べて画像を調整したら2回目ではかなり改善されていてホッとしたものの、全体の色味が前回の方が良かったという・・・。あと、断裁がイマイチで、端の余白がギリギリになってしまった。うーん、こんなにも安定しないものなのですね。最初から余白に余裕を持たせてレイアウトすることが必要ということを改めて感じました。次は気を付けます(え!次も作るの!?)。

LUMO&BOOKSへ納品

さて、完成した本を抱えて真っ先に向かった先はLUMO&BOOKSさんでした。なんとなんと!恐れ多いことにLUMOさんでお取り扱いいただけることに・・・。その提案があったから、予定よりも多く印刷することが出来、販売価格を下げることが出来ました。本当に感謝です。

うっとりロマンティック!

LUMOさんに10冊納品した後に早速連絡があって、1冊売れたとのご報告が・・・!!SNSでわたしの存在を知らないであろう人が実際に中身を見て購入を決めてくれたという事実がとても嬉しい・・・。一人でもそんな人が存在しているということを知り、ちょっとホッとしました。ありがとうございます。

可愛いポップもつけてもらえて嬉しい!!!

BOOTH「彷徨する旅の本屋」での販売

そして家に帰ってからは、せっせと本の宣伝&BOOTH販売開始です!!!BOOTHでの屋号はブログの名前にちなんで彷徨する旅の本屋に。ちなみに自分の中で「彷徨」と「咆哮」(ひとりで人生に踠き苦しみながら叫ぶイメージや、満月の夜に狼が遠吠えしている孤高なイメージ)をかけていたりするのだよ。たぶん、初めて明かすトリビアだよ。「彷徨する旅」って変な日本語だと思うけどわたしは気に入っているよ。

トップのイラストにはLUMO&BOOKSの店主のお一人であるイラストレーターの渕上コウジさんの絵を使わせていただきました。渕上さんの描く絵が大好きなのです・・・!!!

使わせてもらえて嬉しい!

今回勇気を出して印刷した50冊のうち10冊はLUMOさんへ。さらに10冊はストックや許可取りのお礼で渡す用に。つまり残ったのは30冊。何年かかってもいいから売り切ろうと決意したのでした。

・・・が!!

リアルでお付き合いのある方をはじめ、XやInstagramで仲良くしてくださっている方々、そしておそらくフォロー外からも購入してくださる方もいて、3日目にしてノルマの30冊が完売するという・・・(嬉し涙)。

ひとえに購入してくださった方や、SNSでRPして宣伝にご協力してくださった方々のお陰です。BOOTHでは上乗せして支払うことができるBOOSTという機能があって(販売開始してから初めて知った)、販売金額よりも多く支払ってくれる方々もいて・・・!!神ですか・・・?神なんですね・・・???もうびっくり感謝感激涙涙でございます・・・。

梱包、発送作業

しかし、本を売ることが一番の目的ではありません。せっせとメッセージ書いたり梱包作業に勤しむ日々。やっと先日すべての注文分の発送を終えることができました。ぼちぼち届いているところではないでしょうか・・・(ドキドキ)。

ちなみに本を購入してくださったすべての人にプレゼントしているシール。本当は販売するつもりでしたが、保存会の方に確認したところ自分だけの一存では決められないとのことで、無料だったらOKとの返事をいただきました。よかったー!もしプレゼントもNGだったら自分が楽しむだけのシールになるところでした(貼り放題でそれはそれで良いけども笑。しかし今回自分用がなくなってしまったのでまた作りたい・・・今度はキラキラのホログラムとかで)。

ボゼシールの台紙にぴったりだったカナリアカラーの名刺

真っ白な封筒だと誰から届いたのかわからないと気付き、途中からボゼのイラストのシールを貼ることにしました。一番最初の発送した方には貼ってないのでゴメンなさい・・・

本が購入してくださった方の手元に届いてからが本番です。私は楽しんで作ったけれど、それとこれとは話が別だものね。少しでも楽しんでもらえるといいのですが・・・。ガッカリされたら申し訳ない。すぐゴミ箱行きにならないことを願っております・・・。

本を作ることの楽しさと難しさ

今回、肖像権、著作権といったものについて考えるきっかけとなりました。ブログを書く上でも大事なことだものね・・・。写真は映り込みや群衆ならOKとか、 建物は外観だけだったら大丈夫で実際に同じような建物を建てた場合に著作権の侵害になるとか、ただし太陽の塔などの個性的な建物の場合は例外とかとかとか(詳しくはご自身でお調べくださいね)。

本を作ることはとーーーーーっても楽しかったんです!自分の天職なんじゃないかと思うほど。実は作りたい本は何冊もあって、ボゼの本を作りはじめた当初はこれからたくさん作るぞ!!と、ワクワクが止まりませんでした。でも、今回許可取りしていく中で、世の中で商業誌として出版されている本のほとんどはきっと100%作りたいものを作れているわけではないんだなと初めて気付きました。100%作りたいものを作れないのなら、自分が本を作る意味なんてないのでは・・・もうブログ書くのも無理・・・筆を折ってしまおうか・・・。これからのわたしの人生もうお先真っ暗だ・・・くらいのマインドになってしまいました。

わたしはお祭りなどで人を撮ることも多いし、普段からスナップ写真を撮るのが大好き!写真を撮る身としては「昭和の時代はよかったな・・・」なんてつい思ってしまうのですが、時代に合わせて表現方法も変わっていくのは仕方がないことだと思う、思うけど、けど!!!

表現の自由ぅぅぅーーーーー!!!!!

なかなかその線引きというのは難しいですが、 自分の中でルールを決めて最低限のマナーを守り、これからもブログを書いていこうと思い直しました。だって、自分の生き甲斐がなくなってしまうもの。名刺も作ったし、旅先で必要がありそうな場所には渡していこうとも思っています。

そんなわけで、怒涛の3ヶ月間(主に自分の中での一人相撲)がようやく終わりを迎えようとしています。が、最後の最後にやらなければいけない大事なミッションが残ってる!!!

ラストミッション、国立国会図書館に納本するぞ

今回初めて知ったのですが、ある一定の数を頒布した本には、商業誌、同人誌に関わらず納本の義務というものがあるそうなのです(義務とはいっても納本しなかったからといって罰せられるわけではない)。 納本された本は、半永久的に国立国会図書館の書庫に保管されることになります。つまり、わたしが死んでも残り続けるのです!!

調べてみるとオフセット印刷なら100部以上の刊行、オンデマンド印刷なら15部が実際に頒布された場合に対象となるようです。つまり、わたしの本もその条件をクリアしている・・・!!!

以下、国立国会図書館HPのQ&Aより抜粋

Q6:初版の刊行部数が決まっていない出版物(オンデマンド出版等)については、どのように考えればよいですか?

A6:オンデマンド出版の場合は、15部が実際に頒布されたことを基準とします。

早速2冊納本することにしました。1冊でも良いのですが、2冊納本すると東京本館と関西館に置かれるそうです。つまり、そこに行けば誰でも閲覧できるというわけ。わたしも自分の本が置かれたら実際に見に行ってみたい・・・。

あと、国立国会図書館のデータベースで検索できるようになるもよう。あぁ!検索して自分の本が出てくるのを見たい見たい!!無事納本されたらこちらの記事でこっそりご報告しますね!!!(1ヶ月くらいかかるらしい)

今回、納本する際にとても参考になったのがこちらのブログでした。解りやすくまとめてくださってありがたや〜。みなさまも本を作ったらぜひ納本してみましょう。

おわりに

良いことなのか悪いことなのか、とても忘れっぽいわたし。今回の苦しみも時が経てばすっかり忘れてしまうことでしょう・・・(というかすでに忘れつつあり、また本を作りたいという気持ちがぼんやりと)。どこでスイッチが入るのか自分でもわからないので、今のところなんとも言えません。「彷徨記Ⅱ」が発売される日がくるかは神のみぞ知る・・・いや神様も知らないかも。ひとまず今回はお疲れ様でした。感想ぷるぷると震えながらお待ちしております・・・(受け止めます・・・)。

さて、グラフィックさんからは発注部数よりも少し多く納品されていたようなので(ありがたや)7月27日(土)の夜、BOOTHに最後の3冊を追加予定。相当な数のご要望がない限り、再販はありません(が、お蔵入りとなった30冊をあれやこれやしてどうにか世に出せる形にできたら販売するかも?)。もしかしたら最初で最後の作品になるかもしれませんので、この機会をお見逃しなく。うすーい、うすーい本ですが、魂込めて作りました!どうぞ宜しくお願いいたします!!(LUMOさんにもどうぞ遊びに行ってね!!!)

8月20日追記▼▼▼

お蔵入りになった30冊を修正シールを貼ったり正誤表を作ったりと配布できる準備を進めていたのですが・・・なんと!増刷してしまいました!!!

だってね、たった3人だけど、BOOTHの入荷お知らせメールに登録してくれてる人がいたんだよ・・・。相当の数の要望がない限り再販はないと言ってたくせに!たった3人のためにコロッと考えを変えるカンタンなわたくしです・・・。

さらに、自分がほしいというだけで、シールがホログラムにグレードアップ!!在庫抱える覚悟で増刷しましたので、どうぞよろしくお願いいたします・・・!!!

『彷徨記Ⅰ 悪石島のボゼ』*ボゼのホログラムシールのおまけ付き - 彷徨する旅の本屋 - BOOTH

ボゼとホログラムの親和性よ

これまでありがたいことに数十冊旅立って言ったわけですが、もちろんみんながみんな私の本を気に入ってくれるわけではありません(何を言われたとかではないけれど)。それでも、数人の方たちから熱いメッセージをいただいたりもして・・・涙が出るほど喜んでいます。よかったらで良いので、いいなぁと少しでも思ってくれた方は、感想いただけると嬉しいです。生きる糧になるんで!もしかしたら2作目を作る原動力になるかもなので・・・!!

本業(?)の旅ブログはたぶんおそらくもしかしたらもうすぐ再開されるかもかもかも・・・(あやしい)。が、がんばります!!!!!

03.冬の山形ひとり旅2024【垂水遺跡編】

CONTENTS

移動開始

瀬見温泉に別れを告げ、車窓から見える雪を名残惜しく眺めながら電車は進みます。

新庄駅に着いてさらに電車を乗り換えると、すっかり雪は姿をひそめてしまいました。さみしいな・・・。

同じ車両に乗っていた外国人観光客が、日本人の乗客におそらく乗り換えについて尋ねてバタバタと電車を降りたので、わたしも慌てて下車。たぶん行き先が一緒な気がする・・・!

仙台行き

再び電車を乗り換えると、中は外国人観光客でいっぱい・・・!!日本人の方がすくないのではないかと思えるほど。外国人に人気のスポットと聞いてはいたけれどまさかここまでとは・・・。

山寺駅

瀬見温泉駅から約2時間ほどかけて山寺駅へと到着。外国人観光客と一緒にぞろぞろおります。まずはコインロッカーに荷物を預け、身軽になってから徒歩移動スタート!

山寺駅

観光客の姿もたくさん

通りには華やかさはないものの、昔ながらの土産物屋や飲食店がぽつぽつと並んでいます。

いも煮気になる

お昼の時間をとっくに過ぎていたので食べたいのは山々ですが、わたしに残された時間は少なんだよーーーーー。

憂をおびた猫

宝珠山立石寺(山寺)

駅周辺には860(貞観2)年に慈覚大師円仁(じかくだいしえんにん)が開山した宝珠山立石寺(通称山寺)があります。駅周辺・・・とはいっても「山寺」という別名の通り、東北を代表する霊山全体が修行の場。登山口から最終地点である奥之院までは約1時間ほどかかるらしい。

いい運動になりそうだ

実はこのブログを書き始めるまで、全国的にも有名な観光地であることを全く知りませんでした・・・。そう、つまりわたしの行こうとしている場所はその立石寺ではないのです。

目的地に向かって歩いていると、どんどん観光地っぽい雰囲気は消え、民家も通り過ぎ、最後には道路と川と山に・・・。

お札のようなものが落ちていた

最上三十三観音 第2番 山寺(天台宗 宝珠山 千手院)

駅から20分ほど歩いてたどり着いたのは同じく山寺のひとつである千手院。本尊である秘仏の千手観世音菩薩立像は、山寺を開山した慈覚大師によって作られたといわれています。

鳥居をくぐり階段を登ると、踏切のない線路が現れるのが印象的。

電車がこないことを確認して線路を渡り階段を登ると、ビニールに覆われたお堂の姿が。今だけこんな姿なのかしら・・・?情緒ある姿を想像していたのでちょっとしょんぼり。

旅の七つ道具のひとつを取り出す

ひとまず千手院へのお参りは後にすることにして、これを取り出します・・・。

東北旅のお守り

そう、熊鈴・・・!!!

わたしはなによりも熊が!熊が!怖いんだ・・・!!!!!

だって、ほら

冬だし冬眠してるでしょ・・・?とも言えないのが最近の熊事情。現にわたしは12月の北海道で野生のヒグマに遭遇したことがあるのだ・・・。

車の中で助かった

森を抜けた先には・・・

千手院から横道に入り、お墓を抜けて山道へ。リーンリーン!と涼やかな鈴の音を響かせながら雪が残る森の中を歩いていきます。

熊・・・こわいよ熊・・・・・

登っていくにつれて少しずつ雪が増えてきました。本当は雪が積もった状態で訪れたかったのだけど、経験値の低いわたしでは道標のない雪に埋もれた道を探し出せず、目的地までたどり着くことができなかったかも・・・。

暖冬でよかったことにする

垂水遺跡

千手院から15分ほど歩いたところでそれは姿を現しました。

生き物のように増殖しているような姿

目の前に立ちはだかる巨大な岩壁には、蜂の巣状に広がる穴。珊瑚や何かの骨のようにも見えてきます。計算されたかのように美しい。何百年、何千年かけて形作られた自然の姿なのでしょうね・・・。

大正時代頃までは実際に修行をする山伏の姿が見られたとか。熊、怖くないのかな・・・(そればっかり)立石寺を開山した慈覚大師円仁もここで修業をしインスピレーションを得て、山寺を東北における天台宗布教の拠点に定めたともいわれています。

慈覚大師円仁の宿跡と伝えられる窪み

垂水遺跡の中でひときわ美しい網の目模様が広がる中央の窪みには木の鳥居が建っていて、手前には登れるように小さな階段が掘られています。山道を歩くというのにロングスカートを履いてきていたわたくし。しかしここまで来たからには何が何でも登らねば・・・!

ちょういい大きさの窪みで落ち着く。わたしも住めるかも〜

さらに登ったところにはお稲荷さんが。

岩肌に鮮やかな赤が一際目立っていました

さらに上の方にも小ぶりの窪み

ちょうどお稲荷さんのところにいる時に下界から楽しそうに会話するカップルの気配が・・・。じっと息を潜めていたら登ってきたときにきっと驚かせてしまうに違いない。

ここに人がいるよ!!わたしがいるよ!!!わざと音を立ててアピールしながらそろそろ下へと降りましょうね・・・。

いきはよいよい、かえりはこわい。おそるおそる降りました・・・

鳥居の隣にも鈴が取り付けられた拝所があります。見事に垂直に伸びた木を見上げると、岩と岩の隙間に何かがあるのが見えました。暗がりに目を凝らすと・・・

氷柱と不動明王さまのお姿が・・・!

驚くべき信仰心。こんなところにまで仏像がいらっしゃるとは・・・。一体どうやって登ったのでしょう。

この場に限らずあちこちに氷柱があったけれど、午前中の晴天によりすでに溶け出していました。落ちてヒヤッとする瞬間も!ささったら一大事です・・・。

凶器の氷柱

北の地での冬旅は「氷柱」に気をつけろ。またひとつ学びました

実はこの垂水遺跡、立石寺からは少し離れてはいるものの、やっぱり人気の観光スポットのようで、1時間ほどの滞在中6組ほどの観光客と遭遇。荘厳な雰囲気を期待して行ったのですが、実際はワイワイしながら訪れる観光客が多く、じっくり見学することはできませんでした・・・。この時間帯だったら熊鈴もいらなかったね・・・

早朝だったら雪や氷柱もまだ生き生きとしていただろうし、感じ方もまた違ったかもしれません。だかしかし、観光客が多いということには利点もあります。

うれしい

わーい!記念写真を撮ってもらったよーーー!!!

満満満足したので、最後に千手院にお参りして帰りましょう。

地面の雪も溶け出していた

ムカサリ絵馬

実は、もうひとつ山形でとっても見たいものがありました。それはムカサリ絵馬。(いつまでたってもムカサリが覚えられない・・・カタカタ文字が苦手なのだ)

ムカサリとは山形県村山地方の方言で、「迎える」から転じて「結婚」を意味する。ムカサリ絵馬は、未婚で亡くなった人の供養のため、婚礼の様子を描いて近親者が奉納する絵馬のことである。村山地方にのみ見られる習俗で、現存する作例では明治時代後期以降のものが確認されている。

ムカサリ絵馬について|〇五 祈りの絵馬と山寺と|現代山形考 藻が湖伝説より転載

ずっと気になっていたこのムカサリ絵馬。千手院にも奉納されているという情報をネットで得たので、どうしても見に行きたかったのです。

猿が入ってくるらしい

ドアを開けて中に入ってみると、ビニールで囲まれた空間までは入れるけど、中の本堂は締め切られていて入れなくなっていました。張り紙には11月から3月までお休みと書かれています。なんということ・・・(冬期だからとか???)。

本堂の外側の壁にないだろうか・・・?探してみるけど、紙を剥がしたような跡と、「コロナ収束祈願」しかない・・・。

このお札もずっとこのまま残っていれば、何十年後には貴重なものになっている気がする

失礼します・・・と心の中で念じながら中を覗いてみるも、ムカサリ絵馬らしいものは見当たりません。見えないところにあるのか、それとも・・・。

見事な千手観音さまがいらっしゃった

うぅ、密かに大きな目的のひとつであったのでショック・・・。さらにショックを受けたのが実はつい昨日のことだったりする。ブログを書くために千手院のムカサリ絵馬について調べていたら、以下のような記述を見かけたのです・・・。

立石寺では明治二年火災で奥の院が消失しており、現存するのは明治中期のものであるが、それ以前のことは不明である。また、ムカサリ絵馬が奉納されているのは奥の院、中性院、金乗院などである。

ムカサリ絵馬 - Wikipediaより抜粋

なんと!完全にスルーしていた立石寺(山寺)の奥の院等にムカサリ絵馬が奉納されているというではありませんか・・・!なんということだ・・・あんなに近くまで行ったというのに・・・。

今回の旅では拝見することは叶いませんでしたが、ムカサリ絵馬についてはメインでがっつり旅してみたい風習ではあるので(山寺以外のお寺は公共の交通機関ではなかなか行きづらい場所にあったりするんだけど)、次の機会にとっておこうと思います。

お昼ごはんは、さくらんぼソフト

さて、そろそろ電車の時間が近づいているよ・・・!急げ急げーーーー!!急いでさくらんぼソフト食べにいくぞ!!!(え?そっち?)

だってだって、お店を通った時から帰りに食べるって心に決めていたのだ・・・!

レトロな絵がよき

行きの時にはとってもいいお天気でちょっと暑いくらいだったのに、すでに空はどんより曇り空。ちょっと肌寒くなってきたよ・・・。でも、さくらんぼソフトを食べないで帰るだなんてできないよ・・・!!!

もう味はすっかり忘れたけど美味しかった

店内でゆっくり食べる時間はもちろんありません。お行儀悪いけど食べながらダッシュ!!なんとか間に合ったーーー。

ホームから何気なく撮った写真を後でまじまじとみてみたらなんと奇怪な崖の上にお堂らしきものが・・・。立石寺(山寺)の壮大さに吃驚してしまいました。

まるで中国の山水画に描かれそうな世界

山寺駅を出発し、山形駅で乗り換えて、本日の宿泊地へ。そこでまさかあんな予想外の展開が待ち受けているとは・・・。

昨日から移動ばかりしている気がするよ・・・

■参考サイト

市長のやまがた自慢「垂水遺跡」|山形市公式ホームページ

宝珠山 千手院(天台宗)/ 最上三十三観音 第2番 山寺|観光スポット(山形市・村山地方)|やまがたへの旅 - 山形県の公式観光・旅行情報サイト

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04.冬の山形ひとり旅2024へとつづく▼▼▼

②竹崎島正月ひとり旅2024【竹崎火山と天国からの地獄編】

CONTENTS

竹崎ひょうたん島

竹崎島は約2時間で海岸沿いを一周できるほどの小さな島。今でこそ橋でつながっていますが、潮が引いた時には飛び石づたいに渡れるくらいの距離。

「竹崎瓢箪島  廻れば1里3合3尺  雀の3足  粟の3転」

昔の人は竹崎島のことをこのように唄っていたそうです。それくらい小さな島ってこと。めちゃくちゃ可愛い表現じゃないか!聴きたくててネットで探してみたけれどみあたらず。また訪れた時に地元の人に尋ねたい。歌ってくれるかなー。

竹崎島へと続く橋の前には、この歌にちなんだ「おさんぽ竹崎ひょうたん島めぐり」の観光MAPの看板がありました。紙のパンフレット(電子版もあり)も配布されています。

竹崎ひょうたん島めぐり | saga ebooks | 佐賀県電子書籍ポータルサイト

その横には海

巨石と比翼塚

短い橋を渡り終えると現れるのが(というかすでに橋を渡る前から見えていた)「渡り口の楯石」と呼ばれる巨石と、その上にひっそりと寄り添うように並んでいる「比翼塚」。

巨石と比翼塚

比翼塚とは、現世で結ばれなかった男女を一緒に葬った塚やお墓のこと。こちらの比翼塚にも、この先にある竹崎観世音寺に縁が深い悲恋物語が伝わっています。

若武者と許嫁の悲恋物語

1591(天正19)年の秀吉の朝鮮出兵の際、有明海を挟んだ柳川の立花藩の若武者、真之助も出陣することに。許嫁の若姫は月に1度竹崎観世音寺を訪れ、真之助の武運と無事を祈っていました。その甲斐あってか真之助は生きて帰って来るも、戦で両目を失明していました。そんな真之助を連れ竹崎観世音寺にお礼参りに出向いたところ、真之助はお坊さんの説法に心打たれ、名を真海と改め仏門に入ることを決意。許嫁に別れを告げます。姫は真海のことを忘れられず、彼の目が再び見えるようになることを願って、柳川の海岸から竹崎の沖に向けて千日間の燈籠流しの願掛けを行います。そして千日目の夜、姫の願いが竹崎観世音菩薩に通じ、真海の目に再び光が宿ります。姫はお礼参りに竹崎観世音寺を訪れ真海と再会しますが、仏に帰依し修行に励む真海の心は変わらず、悲観した姫は海に身を投げたのでした・・・。不憫に思った人々が真海の死後、姫の墓の横に真海の墓を建て、比翼塚として現在に伝わっています。

『太良町の文化財と祭と民俗芸能』太良町むらおこし実行委員会 より

この話を読んで、わたしには美しい悲恋物語とはとても思えなかったよ・・・?(むしろ姫の思いがこわいよ・・・)

竹崎火山  楯石岩脈

ところで、竹崎島は約200万年前〜数十万年前の噴火によってできた考えられていて、なんと!島全体が小さな火山なんですって!!

比翼塚が乗っている「渡り口の楯石」(楯石岩脈)もかつての噴火によってできたもの。ひょうたん島めぐりのパンフには「約30mの長さに列状をなす巨石群」と書かれているので、ここらへんの岩全体のことなのかしら・・・。解説板だけではいまいちよく分からず。

「屏風岩岩脈」や「火山弾を含む集塊岩層」とか専門用語が出てきてちんぷんかんぷん

比翼塚の左側にはお地蔵さまがいらっしゃって、その周囲にも苔むしてゴツゴツした岩肌が続いていました。

ゴツゴツカクカク

火山に対する知識がなさすぎて、写真をどう撮ったらいいのか迷ってしまいました。ここではうまく目の前のものを吸収できなかった気がします(反省)。

実は旅の前の下調べで竹崎島が火山であることは知っていて興味があったのだけれど、ネットで見つけた竹崎火山の資料を読むのをうっかり忘れて旅に出てしまったの・・・。でも実際に島を歩きながらその痕跡を発見できたらいいなーってゆるゆるな気持ち。

わたしがいるのはまだ島の入口。島の探索は始まったばかりです。さらに奥へと進んでいくことにいたしましょう!

マンホールにも竹崎カニ発見

まずは比翼塚の悲恋物語にも登場する竹崎観世音寺を目指します。

どうやらこの先にあるみたい

ふと横に顔を向けると屋根の上に海が広がっていました。どうやらあそこが竹崎港のようです。

大好きな景色

竹崎観世音寺

海に向かって駆け下りたい衝動を抑え、まずは竹崎観世音寺へ。実は今回の旅の一番の目的はここ。今日の夜と明日の昼にかけてお祭りが行われるのです。が、本当にあるのか・・・?というひっそり具合でちょっと不安に。

立派な幟が立っています

行基によって709(和銅2)年の奈良時代に創建されたとされる由緒あるお寺で、平安時代には天皇家の菩提寺である京都の仁和寺の末寺として大変栄えていたそうです。境内には鎌倉時代中期に作られた三十塔や、室町時代の六地蔵等も残されています。

鎌倉時代の三十塔

かわいい不動明王さま?

あちこちに時代を感じさせる石塔が植物にまぎれてひっそりと存在していて、大層ときめいてしまいました。

にっこり恵比寿さまも

ここがわたしの初詣。お参りして、おみくじを引く。「吉」が出たーやったーーー!って思ったけれど、なんだかいつもの神社のおみくじと違って堅苦しい小難しい・・・(でもなんだか絵がかわいい)。とりえず大事な部分を確認。「旅立よろし」。あざっす!!

江戸時代には、有明海周辺の大名の信仰があつかったようで、「諫早藩日記」には諫早候が本堂をはじめ、海岸から境内までの石畳を造られたという記録が残っているそうです。

海岸から境内まで続く階段(石畳が当時のままかは不明)

本来なら海岸から登ってくるべきだったな・・・。なんて思いながら、階段を降りていきます。

少し降りたところから竹崎観世音寺を振り返る

階段の途中にちょっとした広場と公民館のような建物があり、隅っこに意味ありげな棒を発見!町人ぜんぜん発見できないけど、もしや祭りの準備なのでは・・・?(どきどきわくわく)

とりあえず写真におさめた

竹崎港が噴火口!?

階段を下り終わると、竹崎観世音寺からも見えていた竹崎港が目の前に広がっていました。実はこの港が竹崎火山の旧噴火口。噴火口の一部が崩れて、そこから海水が入ってきてできた日本でも珍しい火山港なんだって!(他には鹿児島県の山川港や伊豆大島の波浮港などがそうらしい)

船にはお正月っぽい日の丸旗

ここが噴火口だったなんてちっとも想像できませんが、海の中を見たらその痕跡が残っていたりするのかしら。ヘルメット式潜水服を着て潜ってみたい・・。

竹崎島の人びと

どこか海岸に降りれるところがないかなー。そんな風に思いながら港沿いを歩いていると、地元の人たちが談笑していました。

「写真撮りに来たんですか?」

1人の男性がにこやかに話しかけてくれます。竹崎島で印象的だったのは、道ゆく人たち(大人も子供も)がみんな挨拶してくれること。この感じ、とても懐かしい。わたしも子供の頃は地元でこんな風だったなー。

竹崎観世音寺のお祭りを見に行きたことを伝えると、なんとその方がお祭りで重大な役割を担う子供のお父さんでした!びっくり〜。そのお子さんも近くで近所の子どもたちと楽しそうに遊んでいました。

子猫の目線の先で遊んでいる子どもたち。仲間に入りたいのかな?

港町と猫はワンセット

地元の人との束の間の交流を楽しみ、別れを告げて再び歩き始めます。するとすぐに不気味かわいい遊具を発見!

リス、アヒル、イヌかな?ぜんぶ好き!

火山の痕跡を探す

海岸へ降りれる場所を探して防波堤沿いを歩いていると、突き当たりに行き着いてしまいました。特に降りれるところがないなら防波堤を乗り越えて海岸に降りてみよう。そこまでするのはもちろん理由があります。

わたしは火山の痕跡が見たいんだー!!

防波堤を乗り越え、海岸へと降り立ちます。うん・・・火山の特徴があるのかぜんぜんわからない・・・。だって、知識がないもんね・・・。

でも!なんか!あの遠くのあたり、ちょっと、っぽくない???(漠然とした言い方)

冒険したがりのくせに超ビビりなので、あそこまで行って急に満ち潮で戻れなくなったら怖い!!!それになんだかここじゃなくて他にもっといいスポットがありそう・・・そんな予感がしたので、早々にこの場を離れることにしました。

シルエットな釣り人もいたよ(右上)

竹崎カニ発祥の地

よし、今度は竹崎港の反対側に行ってみよう。再び勘をたよりに歩きます。鷹か鳶がぴーぴょろろーーーーって鳴いているのが聴こえます。同じく港町の故郷を思い出して心地いい・・・。

鳶?鷹??いつもわからない

すると再び行き止まりに・・・。眼の前に現れたのはすでに廃墟となってずいぶん時が経っていると思われる龍宮かに荘。

横に目を向けると「石田仁一翁顕彰碑」と書かれた石碑がありました。その下に立てかけられた「カニ発祥の地」の説明板には次のように書かれています。

放置されいている悲しみ

竹崎かに発祥の地

この顕彰の碑が建っている場所は龍宮かに荘初代石田仁一翁が昭和二十三年八月太良町で初めて学名(カザミ蟹)を竹崎かにと命名して世に送り出した当時のかに炊事場跡地である。記 昭和六十二年七月 吉日

石田仁一さんが「竹崎かに」を命名したのですね。ネーミングってとても大事だと思う。間違いなく「カザミ蟹」より「竹崎かに」だよね。今では龍宮かに荘も閉業して荒れ果てているけれど、わたしは石田人一翁のこと、忘れないからね・・・!!(大袈裟)
さて、この後のことは訳あってはしょりますが、己の直感を信じて心の赴くままに突き進んでいくと・・・

土星に降り立つ

そこには予想を遥かに超えた素晴らしい光景が広がっていた・・・!!!!!

まるで土星のような美しき地層

大興奮してシャッターが止まらない!!!(至福の時)

相変わらずぜんっぜんどこが何でどんな特徴をあるのかちっともわからないんだけど、間違いなくここは地球が成長してきた一瞬一瞬の記録が色濃く残されている場所だと感じました。

ただこの時、興奮しすぎて重大なことをやらかしていることにまだ気付いていないのであった・・・。

頭上では鳶か鷹が気持ちよさそうにぴーよろろーーー

もっと奥に進みたい気持ちはあったのですが、やっぱりチキンであるわたくし。満ち潮に怯えてこの場所だけで満足して去ることにします。

ちなみに旅の前に読んでいこうと思って忘れてた竹崎火山に関する資料を帰宅後に読んでみると、火山の痕跡が見られる場所が地図に親切丁寧に記されてましたよね・・・。ちゃんと事前に読んでいればー!でも、自力で発見する楽しみを味わえたからよしとする!!

竹崎火山ツアーを妄想する

火山学者や地質学者と一緒に見て解説してもらいながら周ったら楽しいだろうなーって思ったよ。誰か竹崎島でツアー開催してくださいっ。さらに竹崎港をヘルメット式潜水服で潜って火山の痕跡さがせたらなおよし。そして夜はもちろん旅館で贅沢カニ料理と温泉です・・・!!!(絶対行く、なにがなんでも行く)

天国からの地獄

海岸を後にして空を見上げるとたくさんの鳥が不穏に空を舞っていました。

さて、まだ夕暮れには時間があるから別の場所を散策しようね。地図を見るためにスマホに手を伸ばします。

(ポケットをごそごそリュックをごそごそ)

ない・・・ない・・・・・・

どどどどどこにもない・・・・・・!!!!!!

もしかしてもしかしなくても、さっきの火山の痕跡スポットで落としましたね・・・?慌てて例の場所にUターン!!(実は怖くて2度と通りたくないような場所を通るのでほんといやだった・・・)

見つからなかったらどうしよう。旅先でスマホを失ったら待っているのは絶望のみです。

「わたしのスマホ!いずこーーーーー!!!」

あ、あったーーーーーー!!!!!

大喜びして近づいてみると・・・

水!没!!!(絶望)

こういう時は電源切れた状態で水分が蒸発するまで放置するのが一番だとはわかっているんだよ・・・。でも・・・でも・・・待つことなんかできない!!何度も通電を試み、その度に悪化していく状況・・・。そうだ、ホテルにチェックインしてドライヤーで乾かしてみよう・・・!!!

泣く泣く散策を切り上げ、陽が沈みつつある竹崎港を走り抜けます。

陽の沈む方向に山があるから海に沈む夕陽は見れず

たら竹崎温泉  一福荘

本日のお宿は竹崎港のすぐ目の前にある一福荘

一福荘

去年の12月に改修したばかりらしく、今っぽい清潔感のあるお部屋でミネラルウォーター付きでアメニティも充実してました。素泊まりで13,000円とお高かったけど正月だし仕方ない。ほんとならカニ料理食べたかったなー。ひとりでも食事付きにできると最高なのにな・・・。

窓からは竹崎港を一望することができました。旧噴火口を上から眺め放題だなんてめちゃくちゃいいお部屋じゃないか・・・!

は!そんなことしていないでドライヤー!!!ぶおぉぉぉーーーーんと乾かしてみるけど・・・

うん、そんな簡単に直るわけないよね、わかってた

時間がもったいないので、とりあえずスマホのことは一旦忘れて部屋に放置。完全に暗くなる前に取りこぼした場所を時間が許す限り散策しにいくぞ。

そして、いよいよ夜には待ちに待った竹崎観世音寺のお祭りです・・・!!!

【参考文献・サイト】

岩石鉱物鉱床学会誌 第66巻 第5号 山口征夫

52. 佐賀県竹崎火山 一噴火口と火山弾一  橋口文雄

竹崎島 - Wikipedia

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③竹崎島正月ひとり旅2024へつづく▼▼▼

④竹田キリシタンを巡る旅【雨に濡れた月を愛でる】

天気予報ではすでに雨マークの時間帯であるにも関わらず、幸運なことに今のところ止んでいます。いつ降り出すかもしれない雨に怯えながらジョアンさんを出発!

CONTENS

鏡処刑場跡

数分自転車を走らせていると、道路沿いに小さな広場が現れます。少し窪んだ空間の中央では3本の石塔が静かに存在感を放っていました。

岡藩の鏡処刑場跡です。

ここでは明暦年間から安永年間の間に、44名のキリシタンが火あぶりや斬首によって処刑されました。その中には小さな子供もいたそうです。

雨の処刑場ほど寂しいものはありません

中央と右の石塔には「南無阿弥陀仏」と「南無妙法蓮華経」の文字が刻まれています。これらは処刑された人々の霊を慰めるために天明年間(1781~1789年)に建てられたもの。一番左の短い供養塔は水害によって破壊された一部で、元々は「南無阿弥陀仏」と書かれていたようです。

「無」(下半分)「阿」(上半分)の文字が見えます

キリシタンたちを悼むかのように、石の隙間からタンポポが咲いていました。

とても印象的でした

江戸時代の処刑は見せしめの意味があるため、人の往来が多く、なおかつ都心から離れている(野犬がきたり悪臭が起きるから)郊外に設置されることが多かったようです。ここもまさにそんな感じ。

きっと石塔があることすら気付かず、ただ車で通り過ぎる人も多いんだろうなぁ。怖いという印象はあまりなく、ひっそりとしていて、ただただ寂しい・・・。そんな場所でした。

予定変更

当初はこの後すぐにレンタサイクルを返却し、街中をうろつく予定でした。が!今朝荷物を預けたドミトリーでわたしは素晴らしく有益な情報を得てしまったのだ。予定は変更せざるを得ません・・・!

トンネルを抜け・・・

さらにもうひとつのトンネルを抜けると・・・(朝から何回目?)

どんよりとした空を映した灰色の川が現れました。

稲葉川

いよいよぽつりぽつりと降り出した雨が水面に波紋を描いています。

不思議な植物

三日月岩

小雨に打たれながら川沿いを進んでいくと、しっとりと濡れて輝く細い月が目の前に現れました。

中国の山水画のような世界

木々の隙間から顔を覗かせている崖に刻まれた月の名は「三日月岩」。

解説板

以下掲示板より抜粋。

岡城二の丸月見櫓の北側、清水門を下り谷が開けると稲葉川のせせらぎが聞こえてきます。三日月淵といわれる川の深みに音は吸い込まれ、川の浸蝕作用によって岸壁となった阿蘇溶結凝灰岩に大きな三日月が彫られています。(中略)阿蘇溶結凝灰岩に彫られた月は、新月になる前、二十六日目ぐらいの月である。(中略)月の中には、元禄十五年八月堀之 の文字と灯明皿を置くための四つの台を彫り込んであります。(中略)この三日月は、一年前に茶屋ができ、三日月淵が殿の水浴場であったことから、殿様の風流遊びのために彫られたものです。

三日月岩と呼ばれつつも、なんと実際に彫られているのは二十六夜の月なのですね(三日月とは逆の形)。この月は五代藩主の久通侯の風流遊びのため、元禄15(1702)年に彫られたもので、つまりは今から約321年も前からあるというのだから驚きです。

三日月岩と二十六夜の謎

なぜ三日月岩と呼ばれているのに、三日月ではなく二十六夜の月が彫られているのでしょうか?お殿様が二十六夜を彫れと言ったの?それとも三日月を彫るように言ったのに、彫った人が間違った??(そんなことってある???)

突然ですが、ここで質問です。

「二十六」という数字聞いて何か思い出しませんか?

二十六・・・ニジュウロク・・・にじゅうろく・・・・・

日本二十六聖人記念館のレリーフ(長崎市)

二十六聖人・・・!!!

そう、秀吉の命によって処刑された外国人宣教師含む二十六名のキリシタン。二十六夜の月はこの「日本二十六聖人」を意味しているのではないかというのです・・・。

今朝ドミトリーでこの話を教えてもらった瞬間、テンションが爆上がりしてしまいました。なぜならわたしがキリシタンに対して深く掘り下げるきっかけとなったのが、今年の2月に長崎で訪れた日本二十六聖人記念館だったからです。まさか今回の竹田旅で二十六聖人の言葉を耳にすることになるとは・・・。

潜伏下のキリシタンたちは、観音像をマリアに見立てたり等、カモフラージュしながら信仰を続けてきたことは以前話した通り。ただ、キリシタンを取り締まる側の岡藩のお殿様が二十六聖人のことを思って崖に二十六夜を刻むというのは、正直なところなかなか無理がある話のような気がします(もちろん解説板にも二十六聖人やキリシタンについての記述は一切ありません)。

また、江戸時代には「二十六夜待ち」という二十六夜の月を拝む月待行事もありました。竹田市の三日月岩(実際は二十六夜)も、この二十六夜待ちに関係しているのでは・・・?と思いきや、解説板にははっきりと以下のように記されています。

月を信仰の対象とし、また月の出を待つという月待の民間信仰があるが、まったく関係ありません。

す、すごい言い切ってるね?(動揺)じゃあ「二十六夜待ち」でも「三日月」でもない、「二十六夜」の月が意味するものとは・・・??

わかっていることは、三日月淵と呼ばれる場所の崖になぜか三日月ではなく二十六夜の月が彫られているという事実のみです。

あなたはどう思いますか?

竹田薪能

実はこちらの三日月岩。毎年10月に水上舞台が作られ、一夜限りの薪能が行われているそうなのです!!

www.youtube.com

以下公式サイトより抜粋。

大分県竹田市において、400年前岡藩城主のために行われていた能楽。岡藩藩主の楽しみであった能楽は町人たちにも親しまれ、竹田城下町は元禄の頃より謡の聞こえる文化的な町であり、今も「お謡」として地域に継承される能の文化があります。(中略)岡城藩主中川久通が元禄十五年に彫ったと記録がある三日月岩前に設置された水上能舞台と水面に映る三日月が描き出す幻想的世界。非日常の中で感じる幽玄の美の世界で、全国でも竹田薪能でしか見ることのできない水上能舞台をお楽しみください。

竹田薪能HP

あぁ!なんて風流なのぉぉぉーーーーー!!!(素敵すぎて気絶)

次にここを訪れる時はきっと薪能を見にくる時だろうなぁ・・・。そんな予感をひしひしと感じながら三日月岩を後にするのでした。

河岸に降りるための階段の形も面白かった。お天気のいい日はここに座ってのんびり二十六夜を眺めるのもいいね

自転車を走らせていると、川沿いに恵比寿様のお顔がはめ込まれた瓦と、月と太陽の石灯篭が連なる通りが現れます。

この太陽と月の石灯篭は全国各地のお寺や神社等で見ることができます

美しいツツジと階段が印象的なお寺さんもありました。

光雲寺

この通り沿いにはどうやら岡藩主中川家の墓所があるようです。

おそらくこの扉の向こう側

実はこの石灯籠の通りを自転車でいったりきたりしてるわたくし・・・。最後の最後に訪れたい場所があるのに、そこにたどり着くための道どうにも見つからないんだよーーーーー!!!

ひ、ひめだるま・・・。惑わしているのはお前か・・・?

地図を見ながら途方に暮れていると、帰宅途中の中学生たちの楽しそうな談笑が聞こえてきました。するとその少年たちがぜったいに普通なら曲がろうと思わない細道にするすると吸い込まれていくではありませんか・・・。

遠くに見える三人組の少年たち

山にでも続いていそうな細くてゆるやかな坂道・・・。まさかここじゃないだろうと選択肢から排除していた道でした。でも、確かに残る道はここしかないような・・・?少年たちに追い付かないように自転車を押しながら恐る恐る進むことに(ストーカーおばはん誕生)。こ、心細いよ・・・。そんな気持ちを慰めるかのように、後ろからも女子中学生たちのきゃっきゃする話し声が聞こえてきます。

すると!ついに!!

みみずトンネル

着いたよーーーーー!!!

少年たちがいなかったら辿り着けなかったよ

小さくて細くてまるでみみずのようなトンネル。中に入ると味わい深い手彫りのアーチ。そうそう、わたしはこういう素朴なトンネルが見たかったのよ・・・。

竹田市街地にいくには必ずトンネルを通り抜けなければならず、それゆえ「蓮根町」と呼ばれているそうです。確かに今日だけで何回トンネルを通り抜けたことか。なんだか隠れ里みたいでオラわくわくすっだ!

手彫りにトキメキ

アーチの額縁が雨できらめく新緑を切り取り、まるで極上の絵画のようでした。

美しい

トンネルを抜けると市役所が現れます。

向かいに見えるのが市役所

出入口はだいぶ鬱蒼としていてこわいけど、このトンネルがなければぐるっと遠回りしないといけないものね。だいぶショートカットです。地元の人しか通らないような道だったりするのかな?そんなトンネルを通ることができてとても嬉しい。

市役所側から見たトンネル。落石注意きょわい・・・

もうひとつの二十六夜

みみずトンネルを通り抜け、あとはレンタサイクルを返却しに豊後竹田駅へひとっとび!本降りの雨に降られることなく帰ることができてほっと一安心です。

さて、街中へと戻る前に、昨晩見かけた駅裏の月の謎を解きにゆきましょう・・・。

こちらが昨晩わたしが見た月↓

真ん中に見える月で、右に見えるのが滝。つまり、月がある場所も崖のはず

駅の隙間から崖を覗いてみると・・・。

月ぃぃぃーーーーーー!!!

こちらも先ほど見てきたあの三日月岩と同じく人工的に作られた月。ただし崖には彫られておらず、どうやら照明のようです。昨日はこれを本物の月と間違えて写真撮ってたんだねぇ。あほだなぁーーー。

新旧の月を見比べてみては?

これにてレンタサイクルでの旅は終了。時間はすでに15時過ぎ。つっつけば今にもどしゃっと降り出しそうなどんより雲。本格的に降り出す前に・・・真っ暗くなる前に・・・わしにはゆかねばならぬ場所があるのじゃ!休憩する暇などありません。自分に鞭打ちいざ出発・・・!!

と、再び心を奮い立たせ向かったは良いけれど、まさか最後の最後にあんな試練が待っていようとは思いもよらないのであった・・・・・

【使用カメラ】digital:FUJIFILM X-T3、SIGMA dp3 quattro、iPhone SE2

⑤竹田キリシタンを巡る旅へとつづく▶︎▶︎▶︎

②竹田キリシタンを巡る旅【山藤と磨崖神像】

残念ながら滞在中の2日間は雨予報・・・。午後からお天気が崩れる予定です。雨が降り出す前に・・・急いで出発・・・っ!!

と、その前に。竹田市のキリシタンついてちょっとだけ解説。文章ばかりで眠くなる・・・という方はすっとばしてこちらへどうぞ。

CONTENS

豊後のキリシタン

現在の竹田市を含む大分県の大部分を占めていた豊後国のキリシタンの歴史は、キリシタン大名として有名な大友宗麟(義鎮)が、1551年にフランシスコ・ザビエルを豊後府内(現在の大分市)に招待したことに始まります。学生時代、大分に住んでたのにちっとも知らなかったよ〜。今思えば「府内」という名前の通りにもよく行ってた。

府内は初期のキリスト教布教において中心的な場所になりますが、豊後国を収める長である宗麟がキリシタンでなかったため(実際に洗礼を受けたのはザビエルに会ってから27年も後のこと)、信者は思ったように増えなかったようです。

そんな中、府内よりも先に豊後で初めて教会が建てられたのが、なんと今回の旅の舞台である竹田市。直入町と久住町の境にあった朽網(くたみ)地方でした。宣教師ルイス・フロイスが書き残した『日本史』には、その教会の美しさを絶賛する様子が書かれています。キリシタンに関係なくこの時代の日本の歴史を調べようとすると、たびたび出てくる『フロイス日本史』。やはりいつか読まねばな・・・。

ちゃんと日本語訳された本がありますが、こちらは原本の画像。めちゃくちゃ美しい・・・!!!(Wikipediaより)

熱心なキリシタンであった領主、朽網氏(洗礼名ルカス)によって、朽網地方は日本八大布教地にまで発展(朽網の他に、府内、平戸、博多、鹿児島、山口、京都、堺と有名な地域ばかり!)。この地には現在でも貴重なキリシタン遺跡が残されています(今回は訪問叶わず。また次の機会に・・・)。

朽網氏の失脚により、岡領内のキリスト教信仰は志賀氏の岡城がある竹田地方へと移ります。同じく熱心なキリシタンであった志賀氏が岡領を去った後、藩主なった中川氏もキリスト教には寛大であったようです。

そして、江戸幕府の禁教令により本格的なキリシタン弾圧が始まり、長い苦難の時代が訪れます。

豊後岡藩は「隠しキリシタン」だった?

竹田市内には数々のキリシタン遺物、遺跡が数多く残された土地。それは藩ぐるみでキリシタンを匿った「隠れキリシタン」ならぬ「隠しキリシタン」の里であったからとも言われています。

ただ、史料が残されていないため真実は定かではありません。なぜ史料がないのかというと、西郷隆盛の西南戦争中の戦い(1877年の茶屋の辻の戦い)の際、竹田の城下町のほとんどが焼失してしまったそうなんですね・・・。また、禁教下に潜伏して信仰するという性質上、キリシタンの証拠となるようなものを残すこと自体が難しいよね(カクレキリシタンの「オラショ」も口伝)。見つかったら酷い拷問の末の死が待っているのだから・・・。

※竹田キリシタンの歴史について参考にしたサイト、書籍等についてはブログの最後あたりでまとめますのでお待ちを・・・。

さて、今年の2月に長崎市を訪れ、日本二十六聖人記念館を訪れたことをきっかけに、今まで以上にキリシタンについて知りたい欲求が高まったことはブログを読んでいただいた方はご存知でしょう。

近場でどこか!どこかキリシタン縁の場所がないものか・・・!!(遠いと資金不足で行けない・・・)

ふと竹田の存在を思い出し、いてもたってもいられず今回旅立つことになったというわけです。

では、仕切り直しまして・・・

キリシタンを巡る旅、いよいよスタートです・・・!!!

自転車旅のはじまり

意気込んで出発したものの、自転車をこぎはじめてもすぐにストップ!何度もストップ!!なぜなら撮りたいものが次々と目の前に現れて前に進めないのだ・・・。

川沿いをマイナスイオンを感じながら進む

路傍のお地蔵さま

タイムリーに電車がやってきた

目的の場所まではおそらく自転車で1時間ほど。念の為30分余裕をもってスケジュールを組んでいました。が、まさかあんなことになろうとは・・・。

写真を撮りながらどんどん自転車を走らせます。坂でもへっちゃらよ!(電動自転車さまさま)

周りに見えるのは川と山ばかり・・・。と思ったら途中で鮮やかな赤い花の咲く商店を発見。

美しい

商店横のお宅前では猫が井戸端会議。家の中でもおばちゃまたちが井戸端会議してました

道中では様々な石像や碑石などに出会います。

しめ縄が飾られた岩

「水恩碑」と書かれた石碑も見かけました。

水に大きな恩恵を受けてきた土地なのだなぁ

昨日からずっと感じていることですが、竹田市ではいたるところに水が流れています。実は訪れる前は、キリシタン弾圧の暗い歴史と、四方を山に囲まれた土地という印象から、なんとなく閉鎖的で陰鬱な印象を持っていたのですが(失礼)、とてもすがすがしい爽やかな土地であると感じました。

あちこちで山藤が咲いているのも嬉しかった!優雅な藤棚も大好きだけど、素朴な山藤もとてもとても好きなのです。

ぽつぽつと紫の花が

藤の待合所

電動自転車さまさまの力を借りてひたすら漕いでいると、とんでもなく素敵な光景が目に飛び込んできました。

ひょえーーーーーーー!!遠目でもわかる失禁寸前の素晴らしさ!!!

大好きな山藤がここにも

我、昇天なり・・・!!!!!

「酒を飲むなら乗るな」の手書きの看板もイイ

興奮しすぎて何度も何度もシャッターを押してしまいました。なのでたくさん写真載せてます。許してね。

向かいにはバスの停留所があるのでどうやらここは待合所(元々は民家とかだったのを待合所として利用したのかな?)。

「下志土知」のりば

こんな素敵な待合所、全国を探してもきっとここにしかないよ・・・!!もうボロボロで山藤に侵食されつつあります。この季節でないと見ることができなかった光景に出会えてとても幸せです。

藤の花トンネル

名残惜しさを覚えつつ藤の待合所を後にすると、今度はトンネルが見えてきました。

トンネル怖い

嬉しいことに、ここにも藤の花が・・・!!!

これも山藤なのかな?今まで見てきた薄紫ではなく白い藤でした

横を通り過ぎるとふわっと鼻の奥に甘い藤の香りが・・・(幸せ絶頂)心なしかトンネルの中も藤の香りで満たされている気がしました。

ここを「藤の花トンネル」と名付けることにしよう(季節限定だけど)

でも!やっぱり!!

狭くて真っ暗なトンネルをひとりで通るの怖いよぉぉぉーーーーー!!!

振り返ったら手が伸びてくる映像が頭に浮かぶのを振り払いながら走り抜け、トンネル出ても振り返らずに必死で自転車をこぎ続けました・・・(マジ)。

トンネルを通り抜けた先にも藤

恐ろしき試練を乗り越え(大げさ)、いつの間にか大きな道路から外れ、水が勢いよく流れる橋へと辿り着きます。もうそろそろ目的地近くまで来ているはず・・・

The 自然

・・・あ!!!

ひっそりとたたずむ小さな鳥居

もしかして・・・???

上坂田磨崖神像

やっと着いたー!!!

激渋な佇まい

入口からもうトキメキです・・・。強風が吹いたら倒れてしまいそうな弱々しい鳥居。扁額にはかろうじて「神明社」の文字が見て取れます。鳥居の横には説明書きがありました。

上坂田磨崖神像(かみさかだまがいしんぞう)。「磨崖仏」はよく聞くけれど「磨崖神像」というのは初めて聞いた。どうやら洞窟内には仏ではなく、神像が彫られているようです。解説板にはキリシタンの「キ」の字も出てきませんが、この磨崖神像がキリシタンに関係しているのではないかと言われています。

さて、その真実はさておき、さっそく中へと足を踏み入れましょう!目の前には鬱蒼とした木々に囲まれた細い道が続いています。なんだかとっても怖いけど!怖さよりもワクワクが強すぎてもう瞳孔ひらいちゃうよ・・・!!!

冒険心に着火!

ドキドキしながら山道を進んでいきます。

道の横には水が流れていてとても心地よい

地面がぬかるんでいて靴が汚れてしまった

まるで行手を阻むかのように木々が倒れているところも・・・。日頃から人通りが少なく、整備されていないことが伺えます。

よく見るとここにも山藤

倒れた木の下をくぐり、ひるむことなく人気のない道をどんどん進んでいきます。

ほ、ほんとにこの先にあるのよね・・・?

曇り空で陽も届かず薄暗い。ちょっと、いやだいぶこわい・・・。だんだん心細くなってきました。

こんな誰も来ないようなとこで下に滑り落ちたら一巻の終わりかな・・・?

10分ほど歩いてついに現れたのは漆黒の闇。四角くくり抜かれた手彫りの小さな洞窟でした。

洞窟の中にいらっしゃるのは・・・

!!!

憤怒の形相の磨崖神像さま・・・!!!

迫力満点!!!

目はキッと釣り上がり、グッと歯を食いしばっています。その体は小さな洞窟内に収まりきれず、いまにも飛び出してきそう・・・!!!

こ、こここここここわい・・・・。

実は洞窟内に入ってまずまっさきに感じたのは恐怖の感情でした。磨崖神像への恐ろしさというよりも、場所の雰囲気にのまれてしまって・・・。

まずは洞窟正面の祠と神像さまたちに手を合わせ、ご挨拶と写真撮影のお願いをすることに・・・(毎度お馴染みのやつ)。

祠には柔和な表情の石像と、お供物の「鬼殺し」

祠の横には顔のない石像もいらっしゃいました。

この方も顔が曖昧のような。廃仏毀釈によるものなのか、自然に朽ちたものなのか

撮影をしていると、だんだんこの空間に慣れてきたのかいつの間にか恐怖は薄れて平気になっていました(人間は慣れる生き物なのさっ)。

磨崖神像の右横の壁には「嘉永六丑年」(1853年。「丑」は干支かな?)の文字。その頃に製作されたものと思われます。調べたらペリーが来航した年でした。黒船ーーーー!!!

縦書きで「嘉永六丑年」

洞窟内の手彫りの跡

洞窟の左側には石碑が嵌め込まれており、それにはおそらく「文政十二丑年」 (1829年)と刻まれています(違ったらごめん)。他にも文字が書かれてるけど・・・「當所新井○×来禄」・・・???うぅ、おらには読めねぇ・・・。

古文書とか読めたらたのしいんだろうなぁ

磨崖神像横に刻まれた1853年の24年前の1829年ということは、先に神明社を祀る場所として洞窟自体が彫られた年代が刻まれているのかなぁ・・・。誰か教えてください・・・

そう難しくなさそうなんだけど

それはさておき、1612(慶長17)年の禁教令から約240年後の1853(嘉永6)年に、こちらの磨崖神像さまが彫られたということですね。

「で?この磨崖神像がキリシタンと一体どう関係が・・・???」

そう疑問に思う方もいるかと思います。

潜伏キリシタン

潜伏キリシタンたちは仏教徒を装いながら、様々なものをキリストやマリアさまに見立てて祈りを捧げていました。その代表的なものとして挙げられるのがマリア観音

マリア観音(日本二十六聖人記念館の展示より)

では、ここで再び磨崖神像さまを見てみましょう。

首元には燭台と蝋燭、お賽銭もありました

羽!天使!!キ・リ・シ・タ・ン・・・!!!

と、単純にそう思いたくはなりますが、実は日本にも有翼の神様は存在しています(水を差してすまない)。迦楼羅(カルラ)や飯縄権現、秋葉大権現などがそれにあたります。

新小路秋葉山大権現

こちらは鹿児島県姶良市を散策している時に出会った秋葉さま。一目見て「大好き!!」となりました。

素朴で愛らしい

真っ赤な炎と羽を携え、足元をよーーーくみるとかわいいお狐ちゃんに乗ってるよ!かわいいいいいいい

解説板

秋葉権現は、秋葉山の山岳信仰と修験道が融合した神仏習合の神で、火防の神様として信仰されています。秋葉山に伝説を残す三尺坊という修験者の神格化したものともいわれ、その姿は飯縄権現と同じく白狐に乗り剣と羂索(けんさく)を持った烏天狗の姿で表されるそうです。秋葉権現 - Wikipedia  飯縄権現 - Wikipediaより)

飯縄権現。仏像図彙 (1783年)。Wikipediaより。

秋葉権現と飯綱権現、ほんと見分けがつかない・・・。姿は烏天狗だし(烏天狗大好き!!!)。

件の磨崖神像も山岳信仰の影響があるように思えます。

天草のウマンテラさま

実は、数年前に天草の崎津を旅した時に、このような石像に出会いました。

羽!天使!キリシタン・・・!!?

崎津の隣村、今富で信仰されていたというウマンテラさま。現在は﨑津資料館みなと屋に展示されているこのお方も潜伏キリシタンに関係するものと言われています。

解説

解説には、潜伏キリシタンの指導者である「水方(みずかた)」(洗礼を授ける役)が「修験者(山伏)」であったことや、ウマンテラさまが修験道信仰のひとつとされる秋葉信仰に影響を受けている可能性について書かれています。

また、秋葉信仰だけでなく大天使ミカエルの影響もみることができるそうです。

キリスト教に詳しくない人でも、大天使ミカエルの名前は聞いたことある人もいるんじゃないかなー

確かに、背中に翼をたずさえ剣を手にし悪魔を踏みつける大天使ミカエルの姿は、同じく翼と剣を手に生き物(邪鬼?)を踏みつけるウマンテラさまの姿と重なります。

天草の崎津に旅した時の旅行記はこちらからどうぞ。

以上のことを踏まえて改めて磨崖神像の姿を見てみると、彫りの深い目鼻立ちや翼は西洋のそれを思わせます。長崎と大分という場所の違いはあれど、同じ禁教時代の日本(さらにいうなら距離の近い九州)。キリシタンたちが磨崖神像に祈りを捧げていたとしてもおかしくないような気がしてきました。

しかし何度も言いますが、史料がないためすべては想像に過ぎません・・・。

洞窟から外を眺める

湿気を含んだ鮮やかな緑がとても美しい

ただ、この場所が地域の人々にとって大切にされた信仰の場であったことは事実。キリシタンと無関係であったとしてもその価値は何も変わりません。

この地を実際に訪れ、空気感を肌で感じながら、磨崖神像さまにお会いすることができて本当によかったです。

【使用カメラ】digital:FUJIFILM X-T3、SIGMA dp3 quattro、iPhone SE2

竹田キリシタンを巡る旅へとつづく▶︎▶︎▶︎

①竹田キリシタンを巡る旅【序章】

旅に出たくて出たくて仕方がない。夏旅に向けて資金を貯めなければならないのに・・・。

「これで最後・・・最後だから・・・」

何度唱えたかわからない呪文を再び唱え、まだ寒さが残る4月、わたしは旅立つことを決意した。

CONTENTS

旅のはじまり

平日の仕事終わりに旅立つのがわたしの旅スタイル。なぜなら翌日の朝、早起きする自信がないから・・・。そして1日の始まりから時間いっぱい旅を楽しみたいからである。

旅の当日、急遽急ぎの仕事が舞い込み胃がキリキリキリ。新幹線のチケットはすでに発券済み。わたしには残業なんて許されない・・・。昼食もとらずがむしゃらに働き、なんとか仕事を終わらせ定時に無事脱出!!博多駅から新幹線に飛び乗ることができました(冷や汗かいた)。

移動・移動・移動

北九州の小倉駅で乗り換え・・・

車窓からの風景

別府を通り過ぎ・・・

ピンク色の別府タワー

19時過ぎに大分駅へと到着!

・・・が、移動はまだ続きます(遠い、遠いぜ・・・)。

車窓からの風景・・・??
(大分駅のホームに展示されたたちょっと狂気を感じるぬいぐるみ。かわいい)

電車を乗り換えると、まさかの満員電車でびっくり!ちょうど学生たちの帰宅時間と重なっていたもよう・・・。狭い車両内にたくさんの人がみっちりわいわいがやがや。

電車内で夜ごはんを食べる予定だったけど、この様子だと食事するのは難しそう・・・。諦めて座っていると途中でどんどん人が降りていき、なんとか酸素をたっぷり吸える状態に。ただ、テーブルも窓に備え付けられたちょっとしたものしかなく(飲み物を置くくらいのスペース)、今更だけどお弁当を食べていい電車なのかがわからない・・・(未だにその線引きがわからない)。

宿で食べようかな、どうしようかな・・・。迷っていると・・・

「プシュ!」「プシュ!」

あちこちでビールを開ける音が聞こえてきました。

みんなこの時を待っていたんだね・・・!!!

安心してお弁当をいただきます!

明日からの旅に備えて牛肉。体力つけねばねば

豊後竹田駅

20時半前、ついに目的地である豊後竹田駅へと到着!!

外はもう真っ暗

博多駅を出発してから3時間半近く経過していました。長い道のりだった・・・

豊後竹田駅に着いて、真っ先に目に入ったのが爪の先のような小さなオレンジ色の月。写真を撮りながら少し違和感を感じるも、深く追求することなく改札へと向かいます。

真ん中にあるのが見えるかな?

改札では竹田市の郷土玩具として有名な姫だるまがお出迎え。

背面に描かれているのは卑猥な何かなのでは!?子孫繁栄的な・・・!??
なーんて勘繰ってしまったけれど「宝珠」らしい。お下劣な脳みそでごめんなさい・・・

駅を出てふと後ろを振り向くと、初めて目に飛び込んでくる光景が・・・!!!

た、たたたたたた滝・・・!!!???

ええええーーーーーー!!???ホームにいる時なんで気づかなかったんだ・・・。

さっき載せた写真もう1度載せるけど・・・↓

右にしっかりと写ってますよね・・・???

ライトアップされてるし、滝の流れる音も聞こえているはずなのに気づかない自分がおそろしい・・・。まさか駅の裏に滝があるとは思っていないから、脳が認識できなかったのだろう(最初に感じた違和感はこれだったのね)。人の思い込みってすごいなぁ。

短いけど動画も撮ったのでどうぞご覧ください。

到着早々、駅裏に滝が流れる非現実的な光景に、目ん玉ひんむくほど吃驚してしまいました。

さて、ここで思い出してほしい。

駅のホームでわたしはまず「月」に目がいきました。でも、崖があるのだからあの位置に月が見えるわけがない・・・。じゃあの月の形をしたあれは一体・・・???もうこの時には滝に興奮しすぎて月のことは頭からふっとんでいました。そんなわけで謎の解明にはもう少し時間がかかります・・・。

まだ写真を撮り続けていたいけど、宿のチェックイン時間が近づいているよ・・・!!慌てて宿へと向かいます。

竹田の夜のなんと魅惑的なことよ

竹田まちホテル

駅から歩いて数分のところにあるシェアハウス「暮らす実験室 IKI」へ。

住んでると思われる人たちが夜ごはん食べてました

まずはここでチェックイン!レトロな鍵を受け取り、わたしだけの独り占めのお宿へ。向かったのはここから数軒隣の竹田まちホテル。古民家を改装した一棟貸しのお宿です。経営している方は東京から移住してきたとのことでした。

なんともレトロな鍵

わたしは本来、お爺ちゃんやお婆ちゃんがやっているような昔ながらの古い旅館が一番好き。ただ、古い建物を活用したお宿にも興味アリ。去年のGWに宿泊した秋田のドミトリーでの体験がきっかけになっているような気がします。

扉を開けると2階へと続く階段が現れました。

翌朝撮影した入口

2階の宿泊スペースには、寝室やシャワー、トイレの他にリビングやキッチンも完備されていて、何不自由なく過ごすことができます(バスタブはないからお風呂好きは徒歩圏内にある温泉を利用すべし)。

室内には木がふんだんに使われていますが、古い印象はなくてとても今っぽい。新築のお家にお邪魔してるような感覚です。

リビング

なんと竹田市内で汲んだという湧水のサービスが・・・!!

竹田市内には湧水が約50箇所ほど点在。湧水のある日常いいなー

珈琲豆や珈琲を淹れる道具一式も揃っています。これはうれしいーーー!!!

翌朝の楽しみができました

もう夜も遅いし、明日は朝早くから移動を開始したい。急いでシャワって眠る準備。和モダンな寝室へ・・・。

電球色は暖色に限る

ベッドの寝心地がとてもよかった!でも道路沿いだし窓の遮光パワーも弱く、信号等の明かりや車などの騒音が・・・。旅の7つ道具としてもちろん耳栓は持ってきていたけれど、眩しいのはちょっと苦手。前日も旅の前の緊張のせいかあまり眠れなかったのに、お宿でも何度も目が覚めて熟睡できませんでした・・・。

パッサパサの目を擦りながら6時半に起床。睡眠不足は旅のテンションでなんとか乗り切るしかありません・・・。

まずは湧水で淹れたコーヒーで目を覚ますわよーーー

休日の朝に珈琲を淹れるのが日課

嗚呼、なんて完璧な朝なのだ・・・

出発前に博多駅で買ってきたバナナと胡桃のマフィン

予定通り8時に宿を出発。チェックアウトはシェアハウスのポストに鍵を入れるだけでOK。チェックアウト時間も11時でちょっと遅めなのだから、もっとゆっくりすればいいのにねぇ・・・。

宿の外観これしか撮ってなかった

昨晩はまっくらでよく街並みが見えなかったけど、さっそく素敵な建物を見つけます。竹田市は城下町。今でも風情のある街並みがほんのり残っていて、街歩きがとても楽しそう。

好き

竹田市には2泊する予定。同じ宿に泊まった方が行動は楽なのだけど、どうせなら違うお宿を味わいたい!という毎度お馴染み欲張りなわたくし。身軽に行動するために、まずはすぐ近くのドミトリーに荷物を預けにいくことにします。

たけた駅前ホステルcue

本日のお宿はこちら。たけた駅前ホステルcueです。

なんて素敵な建物!!!ちっちゃい三階部分気になる

何の連絡もしてなかったけど(しとけよ)、無事荷物を預けることに成功!ちょうどモーニングの時間のようで慌ただしくしてました(そんな時間に失礼しました)。1階にはパン屋が併設されててとても美味しそう!気になるけれどまたあとでゆっくりと・・・。

豊後竹田駅構内にある観光案内所へと向かいます。

改めてすごい光景だなぁーと、しつこく滝を撮っていると、さきほど荷物を預けたドミトリーの女性が追いかけてきました。

「手作りMAPがあるからいりませんか?」と、うれしいお言葉。宿に戻ってMAPをもらい、今回の旅の目的を告げるとさらに素敵な情報を色々といただけで超ハッピー!!!(わたしの中で竹田市コンシェルジュに認定)

ひたすら長々と滝を撮っててよかったわ!

竹田観光案内所

期待に胸を躍らせながら、8時半オープンの観光案内所へ。そう、今回の旅に必要不可欠な電動レンタルサイクルを入手するため・・・!!事前予約できなくて不安だったけど、無事レンタルできてよかったーーー(実は案内所の方が遅刻してきてマジ焦った)。

どピンクな俺の相棒、よろしくな!

いよいよキリシタンを巡る旅、スタートです!!!

【使用カメラ】digital:FUJIFILM X-T3、SIGMA dp3 quattro、iPhone SE2

②竹田キリシタンを巡る旅へとつづく▶︎▶︎▶︎

2023年ことはじめ・前編【冬キャンプの回】

2023年。年が明けてからあっという間に1ヶ月過ぎようとしています。今年は当分の間、長期の旅はちょっとお休み(去年暴れ過ぎて資金が尽きたんや・・・)。タイミングを逃していた未掲載の旅や、過去旅のアーカイブ等、月に1度くらいはブログ更新していきたいと思っております(希望)。ゆるゆるとしたスタートにはなりますが、今年もどうぞよろしくお願いいたします!!!

CONTENTS

自家現像

どこにも旅をせずに今まで何をしていたかというと・・・

でででん!!!

モノクロフィルムの自家現像始めました!!!

そして、もうひとつ。

俺の巣

冬キャンプにも挑戦!!!(もちろんソロやで・・・)

自家現像するためにフィルムでたくさん撮ってきたのでどうぞ見てやってください。今年は旅先でもモノクロフィルムをたくさん撮ってどんどん自家現像していこうと思っています!!

冬キャンプ2022〜前日譚〜

おさらいをしますとね、アウトドアのアの字もないインドア人生を送ってきましてね、ボゼを見に行きたくてキャンプ道具一式を揃え、南の島で真夏のソロキャン2泊したのが去年の8月。

夏を体験したら今度は冬じゃん!?と思い立ち、先月の12月23日というクリスマスイブ前日に照準を合わせ、約1ヶ月ほど前から準備を着々と進めておりました(そう、もちろん冬のボーナスは飛んでった・・・)。

そしてついにキャンプ当日!!思ったらピンポイントでまさかの寒波襲来!!!それでもめげずに(むしろ燃えてきたぜ!)朝から電車を乗り継ぎ向かっていたら、キャンプ場から雪で休館するとの連絡が・・・(絶望)。

え・・・?わたしのこのまま電車Uターンしてお家に帰るの・・・??何も爪痕残せないまま今日という一日が終わってしまうの・・・???

そんなのやだよ!!!

お犬かわいい

悲しみに暮れながら途中下車したのは、南蔵院でした。

足跡がアートしてた

雪をあびても素知らぬ顔の涅槃像。

足の裏

ボーナスをありったけ注ぎ込み、会社休んでまで臨んだ「寒波キャンプ挑戦の日」は、単に「涅槃像を拝みに行った日」になったのでした・・・。嗚呼、クリスマスにソロキャンプして寂しさを噛み締めたかったよ・・・(どんな自虐)。

冬キャンプ2022〜リベンジ編〜

2022年最後の挑戦になるはずだった冬(寒波)キャンプは挫折に終わり、無念の気持ちを抱えたまま2023年を迎えました。早くこの気持ちを消化させたい!!!そんなわけで、めげずに1月前半の3連休に1泊2日で冬キャンデビューしてきました!

直方駅

まずはJR博多駅から直方駅へ。ここから平成筑豊鉄道に乗り換えるのですが、待ち時間が長かったので、ちょっぴり駅前の商店街を散策。

大好物のアーケード商店街

ほしかった七草粥セットもゲット!

猫!

平成筑豊鉄道 油須原駅

散策もほどほどにして、時間がきたので平成筑豊鉄道へと乗り込みます。

公式キャラクターは「ちくまるくん」だよ!

わけあって目的のキャンプ場の最寄駅よりも1駅前の油須原駅(無人駅)で下車します。

すると駅舎がめちゃくちゃレトロで良すぎてびっくり・・!!!

冬キャンプの荷物がザックひとつに入り切らずこんな大荷物に・・・

あまりにも魅力的な駅舎の姿にふらふらと誘われるよう駅前を歩き出し、細い路地を進むととんでもなく大好きな風景を発見して大興奮!!!

久しぶりに見た相合傘!今の若い子たちは知ってるのかな?

地図確認したら目的の場所とは正反対あわててUターンしたんだけど、大好きな風景が見れたのでほんと迷い込んでよかったです。

再び駅へと戻り、ホームの裏側の道なのかなんなのかよくわからない道を降り抜けます。最初に電車から降りた時に他のお客さんがここから降りてたからそうしたけど、それ見てなかったら降りようとは思わないよね・・・。

道とはいえない道

村のお肉屋さん

目的地は「村のお肉屋」さん。

そう、キャンプ場でいただくための美味しいお肉の調達という大事な任務です!!Google mapを見ながらてくてくてく・・・。が、目的地に到着してるはずなのにそれらしきお店がない・・・!!

え?え?わざわざ一駅前で降りたのにまさか辿り着けないの・・・!??

坂しか・・・ない!!!

この長ぁーい坂の先にもしかしたらあるのでは・・・???と、一縷の望みをかけて、道を重い荷物引きずりながら歩くと・・・

登った坂の上から見下ろす

あったーーーーー!!!!!

村のお肉屋さん

マップの修正方法わからないので(やろうとしたけどできなかったんだ・・・)誰か詳しい人お願いします

めっっっちゃいいお肉ゲット!!!

ほんとはステーキ用のお肉が欲しかったんだけど、一人分のちょうどいいサイズのがなくて、すき焼き用のお肉を購入しました。ステーキ用と同じ肉をスライスしてるから塩胡椒で食べるのがオススメとのこと。

渡辺えり似の豪快なおばちゃんで、淡路島産の玉ねぎももらったよ!

これもめーーーっちゃ甘くて美味しかった!!!

さらに、重い荷物抱えてキャンプ場に1駅分歩いて行くことを伝えたらなんと!!車でキャンプ場まで送ってもらえることに・・・っ。めちゃくちゃいいおばちゃんだったーーー!!!実は今回のキャンプで一番ここでの出来事が印象に残ってたりします。ちなみに事前に電話してお肉を予約することも可能とのこと。人数に合わせたバーベキューセットも用意できるみたいなので、みなさまもぜひ!

源じいの森キャンプ場

冬キャンプの舞台に選んだのは福岡県田川郡赤村にある源じいの森キャンプ場。重い荷物抱えて30分ほど歩く予定が、瞬きする間に着いてしまったよ!!

ところで源じいって誰?

キャンプ場には「リバーサイドエリア」「グリーンシャワーガーデン」「ブッシュクラフトサイト」の3つのエリアがあります。

リバーサイドエリアは広い敷地のエリア。

リバーサイドエリア

グリーンシャワーガーデンは見晴らしのいい川沿いのエリア。

グリーンシャワーガーデン

グリーンシャワーガーデンの反対側にあるのがブッシュクラフトサイト。

ブッシュクラフトサイト

わたしは川沿いのグリーンシャワーガーデンにテントを張ることに。

カップルのテントに挟まれてしまったぜ!

でも湯たんぽイエティと一緒だからぜんぜん寂しくないんだから・・・なっ

人気のエリアのようで、チェックインの13時前に到着したにも関わらず、すでにたくさんの家族連れやカップルたちがテントを張っていました。

チェックイン時に渡された紙には、13時前に場所取りや設営は禁止と書かれていたけどだいぶアバウトのもよう・・・。好きな場所を選びたい方は、チェックイン時間よりも早くいくことをオススメします。

テント設営が終わったら、まずはキャンプ場内を散策。

薪がカッコいい

自然あふれる場所で、鹿も出没するそうです

だんだん陽がくれてきました。

夕陽に照らされる川

源じいの森温泉

暗くなる前に近くの温泉へ。歩いて行ける距離にあるのはありがたい!

ゆ!

キャンプ場宿泊の人は割引の料金で入ることができます。

とても大きな温泉でした

地場産の食べ物もいろいろ

夜ごはん

ポカポカになった後は、お待ちかねの夜ごはんです!!自宅ではほとんどご飯を作らない人間ですが、なぜかキャンプでは料理したくなる不思議。今回も色々と準備してきてました。

もちろんまずは今日調達したお肉いただくよ!!!

肉!

玉ねぎとニンニクも炒めて・・・

肉!!!

脂がのっててうまぁーーーーい!!!口の中が幸せでいっぱいに・・・。

お次はお鍋の準備です。わたしの夢は冬キャンプで大好きなきりたんぽ鍋をすること。挫折した年末の寒波キャンプでは自作のきりたんぽを持っていってました。が、そのきりたんぽは翌日胃袋の中へと吸収されてしまったので、今回は生姜をたっぷり刻んで入れたつみれ鍋を作ることに!!!

う!ま!い!!!

美味しいしめちゃくちゃあったまりました!!もちろんお酒もいただきますよっ。

クコの実を入れたホットワイン

もうお腹いっぱい!!!燻製しようとベーコンやチーズも持ってきてたのにそこまでぜんぜんいきつかず・・・。無限の胃袋ほしいぜ。

そんなこんなであっという間に寝る時間!朝から曇っていた空も少しずつ晴れてきて、やっと月が顔を出してくれました。

満月の日だったけど、もうちょっと欠けてました

そして、朝!昨日の夜はまだ平気だったけど、朝はとっても寒かった!!!テントには霜がおりてました。

テント内の結露もすごかった

陽が少しずつのぼるに連れて寒さも和らいできました。

川がキラキラ

頭上の木々では小鳥が朝ごはんを啄んでいました

朝ごはん

昨晩のつみれ鍋の残り汁で、直方駅前の商店街で入手した七草粥をいただくよ!

スーパーで買ったウインナーめちゃうまだった!また買うぞ

ボリューム満点でお腹いっぱい!!

無病息災の願いと、正月で疲れた胃袋を休めるための七草粥のはずなのに、ぜんぜん胃腸休まらないぜ・・・?

さーて、朝っぱらからブランデー飲みつつ、キャンプ終いいたしましょう。

ブランデーに映る木々を眺めながら

さよなら源じい、ありがとう源じい、また会う日まで・・・。

で、源じいって結局だれ?

電車に乗ってのびりお家に帰りましょう〜。

乗り換えのチケット

・・・とはもちろんなりません!!!

へいちくからJRに乗り換える直方駅で荷物をロッカーに詰め込み、昨日ちょっとだけ散策した直方をさらに散策しちゃうよ!!!

へいちく沿線沿いで目撃したロボ

【使用カメラ】digital:FUJIFILM X-T3、SIGMA dp3 quattro、iPhone SE2 film:OLYMPUS PEN FT(自家現像)

2023年ことはじめ・後編へつづく▶︎▶︎▶︎

⑥秋の愛媛南予ひとり旅2022【石垣の里編】

朝の8時過ぎ。御荘からバスに乗り込み、朝日を浴びてキラキラときらめく海を眺めながら行ってみたかったあの場所へ・・・。

CONTENTS

石垣の里

御荘から30分ほどバスに揺られて到着したのは「石垣の里」として知られる愛南町の外泊地区。

愛南町公式ホームページ/ 外泊(そとどまり)「石垣の里」

小さなバスだけどちゃんと降車ボタンがついているハイスペックバスだよ!

よみがえる新日本紀行

わたしがこの場所の存在を知ったのは、NHKの番組「よみがえる新日本紀行」でした。

番組内で見た昔の石垣の里の風景が忘れられなくて・・・!!!

石垣に花嫁行列!たまらない〜。(昭和42年放送の映像より)

この放送から55年後の2022年。このままの風景が残っているわけないけれど、その名残を感じたくて実際に行ってみることにしました。

外泊地区の歴史

バス停のすぐ近くに外泊についての解説板が設置されていました。以下抜粋。

外泊地区は、隣接する中泊地区の人口が増加した幕末、当時の集落の指導者でもある当主が分家移住を発案し、次男三男を対象に募集し興したといわれる。谷をおさめて川とし、これを基幹に屋敷の造成にとりかかり、全戸が入居したのは明治12年頃だった。独特の家並みを形成する周囲に高々と積み巡らされた石垣は、外洋からの強風や塩害から、家屋を守るため造られたもので、その景観から「石垣の里」として知られています。

解説板

まずはトイレ休憩!!!と、海沿いにある休憩所しおかぜへ。無人の建物内には、昔の石垣の里の古写真が展示されていました。

美しい風景

散策

さっそく石垣の里を散策!!

平日だったからか、観光客も1組ほど見かけただけで、ほぼわたしの独り占め状態でした。映像で見た花嫁さんが歩いた道はどこだろう・・・?なんて思いながらうろうろうろ。

石垣の上から見る海っていいね!

風がとっっっても強くて怖いくらいでした。

お昼ごはん

まだ10時くらいだったけど、早めの青空ごはんをすることにします。石垣と青空と海をひとりじめ。なんて贅沢な時間なのだー。

MICで買ったお昼ごはん

のんびり休憩して再び散策。石垣の隙間から植物が咲いているのも好きだったなぁ。

生命力

石垣荘

当初は宿泊する予定でいました。旅の計画を立て始めた1週間前、「石垣荘」に電話したところやはり予約はいっぱいで宿泊できず・・・。部屋からは石垣と海が一望できるそうです。いつか泊まってみたいなぁ。

右に見えるのが石垣荘。左の宝荘はネットで検索しても出てこない?廃業したのかしら・・・

キザギザ階段

屋敷神様

民家?の奥の石垣には大漁と事業の繁栄の神様が祀られていました。散策MAPに載っていたから入らせてもらったけど、よかったのかな・・・?(ドキドキ)

石垣の中に祀られています

赤い薔薇もきれいだったな

そしてついに!石垣に黒猫さまがご登場・・・!!!きゃーーーありがとぉぉぉーーーーー!!!!!

絵になるぅ〜!

って思ったら・・・カメラがうまいこと動作せず、みごとピンボケ。チャンスを活かせない残念なあたくし・・・。

若宮天満神社

ちなみにこの地でも秋祭りの神事が行われていたようです(宿に予約を確認した時にちらっと聞いた)。バス停近くにあるこちらの神社かな?通常は鹿踊りや牛鬼もやっているのかしら〜。いつか見てみたいな!

やっぱり「若宮」なんだね!

ダルマ焼酎

もっと、もっとなんかちょーだい!!なんて思ってバス停後ろの建物(待合室?)を覗いてみたら・・・

バス停

ダルマ!

ダルマ焼酎のベンチはっけーーーーん!!!宇和島市内からのバス移動中に看板見かけて気になってたやつだーーー。

抜かりなく撮ってる

広島市の中国醸造さんが今でも作っているお酒で、創業時は虎や七福、天狗、ダルマ等の銘柄があったけど、大正8年に七転八起の縁起良い「ダルマ焼酎」がメインのお酒になったのだって。焼酎飲まないからぜんぜん知らなかった。有名なお酒なのかな?

最後に

お隣の中泊地区にも歩いて行ける距離。時間があれば行きたかったのだけれど、外泊地区を3時間半ほどたーーーっぷり堪能してしまいました。テレビで見てグッときた場所に実際に来れて嬉しかったです。お天気にも恵まれてほんとよかったな!

旅のどこかで1度はやりたいセルフタイマーで自撮り

【使用カメラ】digital:FUJIFILM X-T3、SIGMA dp3 quattro、iPhone SE2 film:CONTAX Aria

⑦秋の愛媛南予ひとり旅2022へとつづく▼▼▼

【09】悪石島のボゼに会いに行こう!2022〜番外編〜

今回は「悪石島のボゼに会いに行こう!」番外編。来年以降、ツアーではなく個人で悪石島にボゼを見に行きたい or 島で徒歩キャンプしてみたいというなかなか限られた方向けの記事です。※2022年8月時点の情報です。

本編はこちら▼▼▼

【00】悪石島のボゼに会いに行こう!〜前日譚〜

【01】悪石島のボゼに会いに行こう!〜島旅前夜編〜

【02】悪石島のボゼに会いに行こう!〜上陸編〜

【03】悪石島のボゼに会いに行こう!〜灼熱地獄坂編〜

【04】悪石島のボゼに会いに行こう!〜水祭り・盆踊り編〜

【05】悪石島のボゼに会いに行こう!〜キャンプ飯編〜

【06】悪石島のボゼに会いに行こう!〜神社巡りと盆踊り編〜

【07】悪石島のボゼに会いに行こう!〜ボゼ編〜

【08】悪石島のボゼに会いに行こう!〜最終回〜

CONTENS

悪石島について

悪石島に関する書籍

悪石島入りする前に、ちょっとお勉強していきました。

左は学術本、右はエッセイ漫画

まず一番自分の中で参考になったのが『トカラ列島民俗誌』(下野敏見 著)。調べてみると今は絶版で、巷では高額で取引されているようです。読んでみたい方は図書館で探してみてね。ただし、内容はものすごーーーーく古いので、今の悪石島情報としてはあまり役には立たないかも。民俗学が好きな方なら楽しめるかと思います。

エッセイ漫画、『トカラ列島秘境さんぽ』(松島むう 著)は、一番有名かもしれませんね。フェリーの売店でも売られていました。ボゼの様子も描かれています。

アクセス方法

としまフェリー2

悪石島には鹿児島市内からフェリーで約10時間程度で行くことができます。運転ができる方は、車やバイクを持ち込んで島入りするのが吉。島にはレンタカー等はありませんので、ツアーではなく個人で行く場合は基本的に徒歩移動になります(キャンプの場合)。運が良ければ島人が車で運んでくれます(島人とっても優しいよ!)。真夏の徒歩移動がどれだけツラいかは本編を読まれた方ならわかっていただけるかと・・・。

十島村 | フェリーとしま | 中川運輸株式会社 | 海陸一貫輸送

十島村役場

フェリーとしま2の運行情報を確認することができます。

フェリー運航予定 – 十島村役場公式サイト

PCR検査

2022年8月時点では、悪石島行きのフェリーに乗るに出港の3日前までのPCR検査の陰性証明が必要でした。十島村役場に問い合わせた際におすすめされたのが、木下グループ新型コロナPCR検査センター。予約もできるのでオススメです。来年のボゼの時期はどんな感じになってるかなぁ・・・?こんな手間が必要なくなっているといいね。

木下グループ新型コロナPCR検査センター

こちらは福岡空港店

悪石島出張所(コミュニティセンター)

悪石島内のことについては、コミュニティセンターに電話して色々と教えてもらいました。親切に対応してくださってありがたかったです。ここでキャンプ場の手続きや、出港手続きを行います。島内で何か困った時はこちらに相談すると良いかもしれません。

お土産

トカラ・インターフェイス(トカラ結プラザ)

島内で悪石島Tシャツを必ず着たいという方は、島内の売店ではカラバリやサイズが少ない可能性があるので、鹿児島市内にある「トカラ・インターフェイス(結プラザ)」で購入するのがオススメ。店員さんから島の情報もゲットできるよ!悪石島に限らず、トカラ列島の各島のお土産が揃っています。

ネットショップもあるのですが、購入するとなんと、約20年前のトカラ旅のエッセイ本『吐噶喇へ』(清水哲男 今村治華 著)が無料でもらえます!(いつまでやってるかは不明)

わたしは本が欲しくて店頭だけじゃなくネットショップでもお買い物しました。送料分で本を購入できるのでとってもお得!内容も面白かったです(まだ悪石島のページしか読んでないけど)。

1冊千円以上もするちゃんとした本

可愛い紙袋もついてきたのがうれしいー!
悪石島売店

悪石島には、ガソリンスタンドも併設された売店があります。生活用品や、簡単な食材、お菓子、冷たい飲み物等や、Tシャツを初めとする悪石島グッズも販売。お盆期間中は営業時間が変則的かもしれないので、問い合わせするのが確実かと思われます。

宿泊

民宿

島内にいくつか民宿はありますが、お盆期間中は基本やっていません。が、蓋を開けてみると今年は1軒営業していたそうです。キャンプを覚悟する前に、問い合わせてみるのもアリかもしれません。

キャンプ場(悪石島レクリェーション施設)

宿が取れなくてもあきらめないで・・・!!悪石島にはキャンプ場(管理人不在)があります。悪石島出張所(コミュニティセンター)での手続きが必要で、1泊300円。先にキャンプ場で設営して重い荷物を置いてから手続きしにいってもOKです。カマド付き炊事場や綺麗な水洗トイレもあります。トカラヤギの糞があちこちにあるので、苦手な方は要注意!!基本カラカラに乾いてるので、わたしは気になりませんでした。あと硫黄の香りが常に漂っています。

温泉

キャンプ場内や、近くには次の3つの温泉があります。

●湯泊温泉・・・200円。温泉のお湯が出る時間帯は決まっていますが、シャワーは24時間使用可能。休憩できる畳の部屋もあり。

●海中温泉・・・海沿いの岩場に沸く天然の露天風呂。ただし、潮の満ち引きによってお湯加減が変わるので入る見極めが難しい。

●砂蒸し風呂・・・キャンプ場内にあり。24時間、無料で使用可能。敷物を引いて寝転がるタイプの砂蒸し風呂です。

島内での移動手段

タクシーもレンタカーもありません!車やバイクをフェリーで持ち込むか、徒歩。あとは、宿に相談して宿泊はしないけど車だけ貸してもらうこともできるかも(コミュティセンターに相談してみて)。キャンプ場で出会った2人組は島入りした後に車を借りたそうです。

自動販売機

コミュニティセンター前と、宿の「南海荘」前にもあります。ツアー客が来島した日には、コミュニティセンター前の自販機の水が売り切れになっていてビックリ!どうしてもミネラルウォーターがほしいという方は、ツアー客が来る前に、自販機もしくは売店で多めに購入しておいた方が良いかもしれません。あと、南海荘前の自販機の方が穴場かも?

トイレ

上集落では悪石島出張所、あとはキャンプ場と、船着場から少し離れたところにもトイレ設備があるそうです(パンフ情報)。

キャンプ・エトセトラ

島でキャンプする前に一度予行練習キャンプをしたものの、まったくのキャンプ初心者であるわたしにできることは、ひたすらリサーチして対策をし、不安要素を減らすということでした。

防犯対策

女子のソロキャンプは何かと怖いよね・・・。というわけで、テントに鍵をつけることにしました。前室があるタイプのテントで前と後ろ両方に出入り口があるため、合計4ヶ所とりつけて厳重に。気休めかもだけど、意思表示大事!!!

テントに鍵を取り付けるために使った材料

取り付け後

取り付け方はこちらのサイトを参考にさせていただきました。

【テント盗難防止】切断不可能な鍵設置方法【ニーモ・タニの欠点を補う】 - 静かな山の頂へ

さらに、防犯ブザーも持っていきました。悪石島ソロキャンプではちっとも危ない目には合わなかったけど、今回大丈夫だったからといって次どうなるかはわかりません。引き続き防犯対策は厳重に行っていきたいと思います!(今のところキャンプする予定ないけど・・・)

熱中症対策

真夏の島旅で一番怖いこと・・・。そう、それは熱中症・・・!!!特に今年の暑さは尋常ではありませんでした。わたしが島で行っていた熱中症対策は以下の通り。

水分補給

水分補給はもちろん大事。水だけではなく塩分もです。塩タブレットもたくさん持ち歩いていたし、クエン酸等を補給できるパウダーを水に溶かして飲んでました。

◆Ultima Replenisher, ウルティマ補充用電解質パウダー

・・・甘味料不使用というのがうれしい。けどなぜか甘い。1ℓの水に1本溶かし入れてました。iHerbでは、環境にやさしい的な食器用洗剤や、無添加のポップコーンのタネ等も購入。iHerbいいよね。

◆アミノバイタル

・・・ちょっとわたしは味が苦手だったけど、すっぱいのが苦手な人はこちらがオススメ。

◆スーパーで買った水に溶かして飲むポーションタイプのはちみつ酢もすっぱ美味しくてよかったー!酸っぱいのって元気になる。

ちなみにキャンプ場で、水道水を1ℓの水筒いっぱいにして上集落までの徒歩移動でギリ足りるという感じでした(個人差はあるだろうけども)。

タープ

夏キャンプの熱中症対策にはタープ!!という記事をあちこちで見たので、重いけど重いけど重いけど!!!がんばってテントの他にタープも持っていきました。軽量化のためにシングルウォールテントにしたのに、タープ持っていったから結局は総重量は重くなったよね・・・

せめて少しは軽量化したいと思って通常のDDタープより軽いDD SuperLight Tarpを購入。ポールはFIELDOORのアルミテントポール16mmで、5本連結を4本に減らして持っていきました。ガイロープも付属のものだと心もとなかったのでパラコードを使って手作り。作り方は検索したらすぐでてきます(参考にしたブログ見失っちゃった・・・)。

Amazonで材料は購入

重かったけど!重かったけど!!持っていってよかったです!!!

タープの張り方はこちらの動画で勉強しました。

【決定版】完璧なタープを張るテクニックとコツを余すことなく大紹介!これで張れない訳がない! - YouTube

この動画のおかげで初心者のわたしでも綺麗にタープを張ることができたよー!!

夜中に通り雨が降った時も、早朝確認したらタープだけ濡れててテントにはちっとも影響なかったです。そしてこんなこともあろうかと用意していた速乾タオルミズノ スイムタオルがとても役に立ちました。ひとふきで水分拭き取れたと思う!

その他

熱中症対策に冷感タオルのマジクール持っていったのに、使い方読むのをめんどくさがって開封せず・・・。たぶん使った方がぜったいよかったです。夜中ほんと寝苦しくて、手ぬぐいを水で濡らして首に巻いて寝てました・・・(それなら冷感タオル使えよっていう)。

エバニューのウォーターキャリーも便利でした。夜中にも水はどんどんなくなりました。炊事場を何度も行き来するの面倒だもんね。あとは、モバイルバッテリーで稼働する100均のミニ扇風機も必須アイテム。風はぜんぜんぬるいけど・・・!ないよりはマシかもたぶん。熱中症にならないためには、風は足元ではなく顔にあてましょう。

テント泊1日目は全然眠れなくて、2日目は眠り方を少し改良して多少眠ることができたけれど、やっぱり寝苦しかったです。体が熱くて熱くて熱かったので、もしかしたら熱中症に近かったのかも・・・。みんな気をつけようね!!!

ちなみにシュラフ(寝袋)は持っていきませんでした。マットを引いて、寝転がるだけ。一応小さなブランケットも一応用意していったけど必要なかったです。夏はシュラフいらない説、間違いない!!夏の山だとまた話は違ってくると思います。

虫対策

夏は虫が大変という話を聞いていたけれど、悪石島では寝る時以外テントにあまりいなかったこともあるのか、虫をあまり見た記憶がありません・・・。いろんな種類の蝶々はよく見たけれど。

赤いパワー森林香と、虫除けスプレーのサラテクトフレッシュミストは持っていっていました。実際に使ったのはパワー森林香のみ。どの虫除け対策のページを見てもオススメされているパワー森林香の威力はすばらしいと思います!一度も虫に刺されませんでした(まだキャンプ2回しかしてないけど)。家にいる時の方が虫に刺されてる…

パワー森林香に絶大なる信頼を寄せています

お気に入りキャプギア

まぁね、ほんとにね、今回たっっっっくさんのキャンプギアを購入したんですよ。なんたって一から全部揃えましたからね!しかも評判のよいものばかり・・・。お願いだから計算はしないでね・・・。

こちらが今回の島旅に持っていったものすべてです。

ザックに入り切るんでしょうか・・・

入ったからスゴい(ちょっともれてるけど)

その中でもお気に入りのものをちょっとだけご紹介。

◆エバニュー

Ti Mug pot 500 Stove set・・・キャンプギアで一番最初に購入したのが、この焚き火台にもなるアルコールストーブとポットのセットでした。火力がスゴい!裏技で火力を調整することも可能。チタン製なので、火を入れるとチタンが美しい青色に変色するのも魅力です。(注)アルコールストーブやオイルランタン等の液体製燃料は公共の交通機関への持ち込みは禁止されているようです。徒歩キャンパーは気をつけましょう。

UL/ALU ナベ 700・・・プラズマコーティング(焦げ付き防止のコーティング)された、ご飯を炊くのに特化したアルミの鍋。

◆Snow Peak

ヤエンクッカー1000 ・・・テフロン加工の鍋とフライパンのセット。今回は鍋のみ持っていきました。蓋の持ち手がゴムなので熱くならないというのがミソ。

◆SOTO

マイクロレギュレーターストーブ ウインドマスター SOD-310・・・寒さと風に強いガスストーブ。別売りの4本ゴトクで使用。気に入ってはいるんだけど、弱火にしようとすると消えてしまうのは私だけでしょうか・・・?

NODATE

NODATE mug・・・漆塗りのマグカップ。木のぬくもりラブ。高温のお湯は入れれないけど、軽いしとても良いです。

今後ほしいキャンプギア

モンベル シームレス ダウンハガー800 Women's #2(シュラフ)、焚き火台 TABI山のうつわ、ヴィンテージのランタンなどなど。キャンプする予定ないのに、物欲は止まることを知りません・・・。

でも、防災グッズとしても使えるから・・・!!!(呪文)ていうか誰かキャンプ誘って・・・

そんなわけで、わたしが好きそうなおすすめのキャンプギアがあったらぜひ教えてください。

参考にした物欲が刺激される動画

●Tシマさん:購入したキャンプギアがたくさん出てきます。影響受けまくり〜

youtu.be

●米 美知子さん(カメラマン):山登りするカメラマンのキャンプギア気になるよね!

youtu.be

野営キャンパーのバックパックの中身:ブッシュクラフトのアドバイス資格を持つ女性キャンパーの持ち物が素敵すぎました!ブッシュクラフトという世界があることもこの時初めて知りました。めちゃインドアなくせに、憧れてるのはこういう方向だったりする・・・

ブッシュクラフトへの憧れからなのか、最近木のお皿を作るワークショップに参加。来月はスプーンを作ります。

(左)彫り跡をわざと残したお皿(右)次彫り彫りするスプーン

これに漆を何度か塗り重ねて仕上げ、キャンプ用としても使う予定。完成するまでに時間かかるけどたのしみ!!!

カメラの機材

さて、最後はカメラの機材について。今回持っていったカメラは次の3台でした。

・FUJIFILM X-T3+FUJINON XF16mm f1.4 R WR

・SIGMA dp3 quattro

・CONTAX Aria+Flektogon 35mm f2.8(フィルム)

どれも必要なカメラなんだ・・・!!!

組み合わせはその時々だけど(フィルムカメラだけ変える感じ)、最近旅する時はいっつも3台体制になっています。重すぎだからマジで体にカメラ埋め込みたい・・・目がレンズで瞬きでシャッター押したい。

いつもFUJIFILMのカメラはバッテリーの充電器と予備バッテリーを2〜3個持っていきますが、今回初めてモバイルバッテリーを持っていきました!キャンプ場ではチャージャーあっても充電できないもんね・・・。購入したのはAnker PowerCore Essential 20000 PD 20W。カメラの充電+iPhoneの充電しても3日間くらいは余裕で持ちました。2泊3日くらいならこれだけでよいかも〜。ちなみにSIGMA dp3 はモバイルバッテリーから充電出来なかったので、バッテリーを3個持って行きました。

フィルムに関しては、普段使用してないレンズを持っていったので、現像後の写真を見た時にいつもの50mmにしておけばよかったとちょっと後悔・・・。あと動いているボゼをカラーフィルムでも撮りたかったなぁ〜。やっぱりもう一度行かねばなりませぬ!

最後に

以上でボゼ旅記事はほんとのほんとに終了です。偏った情報ではありますが、少しでもどなたかの参考になると嬉しいです。

ではでは、また次なる旅でお会いしましょう〜(実はストックが溜まってたりする・・・)。

【05】悪石島のボゼに会いに行こう!2022〜キャンプ飯編〜

あんなにギラギラと光を放っていた太陽も、いつの間にか海に沈み始めていました。

(film)

CONTENTS

夕暮れの悪石島

鮮やかだった深く青い海も、今は鈍い青灰色へと変化し、昼間とはまったく違う表情を見せています。

帰りは下り坂でとっても楽!

昼間と同じ場所で撮影

綺麗な夕陽が沈む風景をちょっと期待してたのですが、方角のせいなのか残念ながら見ることができず・・・。山で夕陽が隠れてしまったのかなー。

帰り道でもトカラヤギと遭遇!!

ほんと島人より会う確率高い(film)

実はめっちゃ威嚇されました。しつこく写真撮ってごめんよ・・・。

そろそろわたしに慣れてや

真っ暗になる前にキャンプ場へと到着〜!!

入口の左側スペースも、テント張ると絵になりそうな映えスポットでオススメ

真っ昼間の登り坂はめちゃくちゃキツかったけど、帰りはギラギラな日差しもないからぜんぜん楽勝でした!

あ、またトカラヤギ・・・

実は決定的瞬間が撮れてました…(右側のヤギが…もにょもにょ)

こんな崖をスイスイ登っていくヤギすごい!

島に一体何頭いるのかしら

そろそろトカラヤギの写真はお腹いっぱいですか、そうですか・・・。

ほんとわたしは悪石島にトカラヤギを撮りに来たのだろうか??と思うくらい、初日のカメラの中はトカラヤギであふれていました。

逢魔が時

キャンプ場に着いたのは6時半頃。どんどん陽が沈んでいき、あたりは茜色に染まっていきます。

棚ぼた夜ごはん

悪石島での最初の夜が訪れました。

そろそろ夜ごはんの準備をしようと基地でごそごそしていると、キャンプ場に一台のワゴンが入ってきます。最初あの2人組かと思っていたら(帰ってきた時にはいなかった)、なぜかわたしのテントに向かってのろのろと近づいてきて停車・・・。

こ、こわい・・・!!!

おそるおそる車の中を覗き込むと、「キャンプしてた2人がどこにいるか知らない?」と、優しそうな女性がひょこっと顔を出しました。

なんと2人のためにご飯を差し入れしにきたというではありませんか!(めちゃくちゃ島人と仲良くなっててうらやましいーーーっ)

戻ってきたら渡しておくと伝えると、半分もらってとの驚きのお言葉が・・・!しかも冷えてる2本のビールは2人には秘密にして冷たいうちにぜんぶ呑んでと・・・笑

島人から2人への差し入れ

こんな棚からぼたもち的なことがあってよいのでしょうか・・・!!!

ありがとうございます!もちろん遠慮なくいただきます!!

まずはビールを冷たいうちにプシュー

神々しく輝くおビール様

実はビールはあまり得意ではないのですが、この時呑んだビールはなぜかとっても美味しかったです(さすがに1本だけにしときました笑)。

おむすびと煮物も半分だけいただきます。

筍がシャキシャキしてて美味しい〜!!この小さな可愛らしい筍は「大名たけのこ」と言って、その名は昔大名さまに献上されていたことに由来するそうです。トカラ列島の各地で採れる伝統食材なんだってー。

そんなこんなで自分ではなーんも作らずに夜ごはんをゲット!お腹を満たすことができました。

めちゃくちゃ気合い入れて、クッカーや食材をたくさん持ってきたのに、キャンプ初日はお湯沸かしただけだったそうな・・・苦笑

温泉

2人がいつ帰ってくるかわからないので、ひとまず温泉に汗を流しに行くことに。するとちょうど温泉からあがったばかりの悪子さんを発見!!突然ですが、文章書きにくいのでキャンプ場で出会った2人組みを今後は悪石島にちなんで「悪子さん・悪男くん」と勝手に呼ばせていただきます。

ちゃっかり半分いただいた夜ごはんを無事引き渡すことができてほっ。

これから心ゆくまで温泉楽しむわよー!!

だいぶ熱々でした!

午後からずっと歩き通しだったから温泉に入れるのはうれしい!湯船につかりながら体をほぐしてリラックス〜。本番の明日に向けて体を整えるのであります!!

悪石島の夜空

ぽかぽかツヤツヤになって温泉を出ると、山向こうに月がぼんやりと浮かんでいました。

午前10時頃が満月だったので、もう今は少し欠けてるように見えます。島で見る満月はきっと特別なものになるはず・・・なーんて、ロマンチック脳なわたしはそんな風に思っていたのですが、実際は出港前に見た朧月の方がまんまるでとても美しかったです。きっと出港前の期待感や不安でより印象的に見えたんだろうなぁ・・・。

さて、悪石島でやりたいことがいくつかありました。その一つは、星空を撮ること!!!息を呑むような満天の星空・・・!!というようなものではなかったけれど(満月だもんね)、亜熱帯植物に囲まれた硫黄の香り漂う独特の雰囲気の中で見る夜空は、五感が刺激されるようでなかなか印象深いものがありました。

基本のキをわかっていない万年カメラ初心者のわたしには、やはり素敵な夜空写真は撮れず・・・。ちゃんと調べればいいのに、適当に設定して数打ちゃ当たる作戦してるから成長しないのよね・・・反省(したフリ)。

そんなわけですぐに力尽きて11時過ぎには寝床にごろん!お盆の時期だし、霊的な何かが起きるのでは・・・!!?などと密かにビビっていたのですが、不思議とちっとも怖くなかったです。

しかーし!ぜんぜん寝れなかった・・・・・。

暑いからなのか緊張しているからなのか、はたまたふかふかのお布団じゃないからなのか・・・。喉もすっごく乾いて水をがぶがぶ飲みました。寝不足よりも、熱中症でどうにかなるほうが怖いから!ね!!そのせいで何度もトイレを往復。遠いところにテントを張ってしまったものだから、夜中に芝生をそろりそろりと歩くのが申し訳なかったです・・・。

悪石島の朝

そんなこんなであまり眠れないまま迎えた朝。

そう、今日はついにボゼが現れる日・・・!!!

寝不足だなんて言ってる暇はない・・・っっっ。正装(悪Tシャツ)に着替えて気合いを入れますわよーーーっ!

朝日を浴びる悪石島Tシャツ

贅沢な朝ごはん

炊事場へ向かうと、もうまるで何年もこのキャンプ場に住んでいるかのような貫禄の悪子さん×悪男くんコンビが、ちょうど朝食の準備をしていました。タイミングがあったら一緒にご飯をいただく約束をしていたのです。

昨日の夕方、港で釣りをしていたらちっとも釣れず、なーんとその場にいた島人からお魚をもらったそうで!!島人の優しさもすごいんだけど、島人とすっかり仲良くなってなじんでいるのがMAJIでSUGOI!!!

色鮮やかなお魚ゲット!!!の図

窓から見える洗濯物と共に生活感がすごい笑

その日の食材を釣りでゲットしようとするのも根っからインドアの自分の中にはなかったなぁ〜。多くのものを持っていなくても、人と人との繋がりと、ごはんを美味しく食べるスキルがあれば、人生たのしく生きていけるんじゃないか・・・。そんな風に感じたりもしました。いろいろと目からウロコです。

キャンプ場には他にもう一人キャンプしている男性がいました(その方は今まで100〜200だったか??以上は離島に旅してるという強者だった!)。

キャンプに居合わせたみんなで賑やかな朝ごはん作りスタート!!!

悪石島の三悪人(ごめん・・・どうしても言いたかったんだ)

わたしはお料理できないので、クッカーと熱源を提供。ガス、固形燃料、アルコールストーブの3つもあるんだよ!えっへん!(だから重いんだよ)

悪子さんは料理を生業としているとのことで、それはそれは素晴らしい料理っぷりでした!魚もあまり捌いたことないという話でしたが、めっちゃ綺麗に捌いていたよ〜。

鮮やかな手捌き

この子たちは焼きます

いやん、みっちりつまってる姿がKA・WA・I・I !!!

僕はあら汁になります

少しは食材を減らさなきゃ!帰る時重いままだよ・・・!!!というわけで、クッカー類の他にもお米と鹿児島中央駅のお土産物売り場で買ってきていた炭火焼きの地鶏をご提供。

そして完成したのがこちらの料理の数々・・・!!!!!

あんまりちゃんと撮ってなかったわ・・・

お刺身、焼き魚、あら汁(みんなが持っているインスタント味噌汁を使用)、炭火焼きの地鶏、昨晩島の女性にもらった煮物、白米。さらに、悪子さんたちが島人にもらったという、お盆の時期に島で作られる月桃の葉でくるんだ「ちまき」と、わたしが大大大好きなパッションフルーツまで!!!

なんという贅沢な朝食なのだ〜!!

とてもキャンプ飯とは思えません・・・。しかも昨日からほぼ料理していない・・・。こんな幸運なことがあっていいのだろうか。え、もしかして狸、いやガラッパに化かされてるとか??

焼き魚もぷりぷりだし、あら汁もインスタント味噌汁を使ってるとは思えないほどの絶品っぷり。まるでキャンプ場の炊事場が、島の食堂と化してました笑。もちろんわたしはお客さん〜。本気でお2人に大感謝です!!!

お昼ごはん

最高の朝食をいただき大大大満足。ごちそうさまして片付けらやなんやらしているうちにあっという間に11時になっていました。

やっぱり少しは自分で料理しないとね!!!というわけで、さっき朝食を食べたばっかりなのにお昼ごはんを作っちゃうぞ!

今日のお昼はガパオライスよ〜!!!

カルディで買ったガパオライスの素に、うずらの卵とピーマンを追加。ガパオライスになるはずが、なぜかガパオスープになってた不思議・・・。おいしいけど。

その後はもちろん!

夢のポップコーン!!!(島キャンでやりたかったこと2つ目)

オリーブオイルとポップコーンのタネを入れて蓋をし、加熱しながらふりふりふり。

アルコールストーブを使用

ポンポン!!ポポポン!!!

しばらすくると楽しそうに跳ねる音が!わくわくわく。音がしなくなって蓋を開けると・・・

夢がいっぱいつまってた

パラダーーーーーイス!!!

出来立てのポップコーンにハーブソルトを振りかけて完成です。うまうまだよ!!

やっといくつかキャンプ飯を作り、自分に課してた悪石島でのミッションを華麗にこなしたところで、いよいよ上集落へと2度目の出陣です。

愛しのボゼさま、待っててねーーー!!!

【使用カメラ】digital:FUJIFILM X-T3、SIGMA dp3 quattro、iPhone SE2 film:CONTAX Aria

【06】悪石島のボゼに会いに行こう!2022へとつづく▶︎▶︎▶︎

悪石島のボゼに会いに行こう!2022【記事リスト】

【00】悪石島のボゼに会いに行こう!2022〜前日譚〜

【01】悪石島のボゼに会いに行こう!2022〜島旅前夜編〜

【02】悪石島のボゼに会いに行こう!2022〜上陸編〜

【03】悪石島のボゼに会いに行こう!2022〜灼熱地獄坂編〜

【04】悪石島のボゼに会いに行こう!2022〜水祭り・盆踊り編〜

【05】悪石島のボゼに会いに行こう!2022〜キャンプ飯編〜

【06】悪石島のボゼに会いに行こう!2022〜神社巡りと盆踊り編〜

【07】悪石島のボゼに会いに行こう!2022〜ボゼ編〜

【08】悪石島のボゼに会いに行こう!2022〜最終回〜

【09】悪石島のボゼに会いに行こう!2022〜番外編〜